掌をを何度も開いてみたり閉じたりしてみるが、いつもよりも力が入らない。 大きく息を吸って、吐く。 何度も繰り返すそれは、タメイキのようだ。 未だに、試合前の空気には慣れない。 自分が緊張しているのもそうだけれど、やはり周りの選手もピリピリしている人が多い気がする。 なので、向こうから手を振ってやってきた千石に、巴はほっと内心息をついた。 「あ、見っけ。やっほー、調子はどう?」 巴が二年に進級して初めての公式戦である。 当然、現在高一である千石には関わりがない。 なのでのんびりと青学の巴のところまで顔出しに訪れているのだけれど、去年までだとさすがに試合前に他校選手に会いに行くのはほんの少し気が引けたかも知れない。 巴の顔を覗きこんだ千石が、おや、という表情を浮かべた。 「あれ、緊張しちゃってる?」 「だって、これから試合ですから」 不思議そうに千石が首を傾げる。 こう言ってはなんだけど、地区大会の一回戦。 相手が不動峰だというならまだしもこんな緒戦で青学が敗けを喫するとも思えない。 緊張するほどの試合だろうか? しかし、巴にしてみれば違う。 今までの大会は最下級生で、先輩たちに引っ張ってもらっていた。 例え敗北しても先輩たちが取り返してくれる、という安心感があった。 けれど今度は巴の下にまだ選手がいるのだ。 安穏とただ守ってもらっていた立場とは違う。 逆に巴が支える側に立たなきゃならない。 さらに言えばミクスドはまだ歴史が浅い。 去年は導入されたばかりということもあり、大半の学校が実験的にペアを組んだ程度で、本格的なペアの育成までは至っていなかった。 なので、二年目の今年は去年のデータは当てに出来ない。 緒戦だと侮って痛い目をみる可能性は捨てられない。 実際、去年巴が初心者ながらも大会を順調に勝ち進んだのはそんな事情も影響している。 勿論、それだけで全国を勝ち進めるほど甘くはないのだから、彼女の実力もまた確かなはずなのだけれど。 千石に笑って見せるけれど、その表情は硬い。 事前にどれだけ緊張していても、コートに向かう時点で巴はそれをはね除けてしまう。 千石は、それを知ってはいる。 けど、このまま放って置くのは嫌だ。 選抜大会の時は、同じコートに立つのは自分だから、何があってもフォローできた。 だけど、今自分ができるのは試合前にこうやって元気づけるくらいなんだから。 「赤月さん、手、貸してくれる?」 「手……ですか?」 よくわからないままに、巴が千石に右手を差し出す。 その右手と、腕を伸ばしてもう片方。 両手をとって、その中央にそっと唇を押し当てた。 「!!?」 慌てた巴が咄嗟に両手を引っ込めようとするものの、がっちりと千石に掴まれた手はびくともしない。 「あ、な、な、いきなりなにするんですか!」 「ん? 俺のラッキーを分けてあげたんだよ」 巴は金魚のように口をぱくぱくとさせて何か言うべき言葉を捜していたようだったが、やがて諦めたのか、赤い顔で千石を睨みつけた。 千石が手の力を緩めると、即座に手を後ろに隠す。 「で、まだ緊張してる?」 千石がそう言うと、今度は目をぱちくりとさせる。 そういえば、先程までのような落ち着かない気分は、なくなっている。 手の力も、戻っている。 「……もう、大丈夫みたいです」 「そう? じゃあ、もう大丈夫。 俺のラッキーを分けてあげたし、これでいい試合ができるよ、きっと」 そう言って、千石が笑う。 つられたように巴も笑顔になった。 さっきみたいに硬い表情じゃなく、柔らかい笑顔。 「でも、千石さんのラッキーとっちゃったら千石さんの試合の時に困りますよ?」 「大丈夫、大丈夫。 その時はまた、赤月さんに返してもらうから」 「え!?」 それはどういう、と聞き返そうとした巴だったが、千石に機先を制された。 何か言うよりも早く、ラケットを手渡される。 「はい、頑張って!」 もう、コートに向かわないといけない。 その前に、何か言いたいのだけれど、何を言えばいいのかわからない。 「あ、ありがとうございました!」 取り急ぎそれだけを言うと、ラケットを持ってコートに走る。 まずは、恥ずかしくない試合をすることだ。 さっきまでの不安と入れ替わりに、やる気がわいてくるのがわかる。 きっと、今日はいい試合ができる。 なんたって、ラッキーをわけてもらっているんだから。 |