汗が、顎のラインを伝った。 汗の滴が地面に落ちたのが分かる。 さっき誰かが今日は真夏日だ、なんて事を言っていたが、何を今更。 コートの上はとっくの昔に30℃なんてぶっちぎってる。 暑い。 そして、熱い。 山吹は全国クラスのダブルス選手が多い事で有名だ。 部長の南と東方のペアをはじめ、層も厚い。 それなのに、何故シングルスプレイヤーである自分がミクスド選手として登録されているのか。 まさかパートナーが女の子だから、なんて理由ではないだろう。 伴爺はそんなに甘い人間ではない。 あの好々爺然とした風貌に騙されると痛い目を見る。 それはわかっていたのだが、それでも今回のオーダーは開設されて間もないミクスドの様子見程度に実験的に組まれたものだろう、くらいに考えていた。 そう、結局の所は甘く見ていたのだ。 伴爺の事を。 コートの向こうで少女がサーブを放つ。 試合開始直後はカワイイ子だなあ、くらいののんきな印象しかなかったのだけれど、今現在千石はその相手に苦戦を強いられている。 標準より少し大きい彼女と並ぶと随分小さく見えるパートナー。 彼の事は知ってる。 スーパールーキーとして関東では既に有名だ。 だけど、その越前がミクスドで、しかも同じ1年をパートナーにしているとは。 しかも、粘り強い。 どこにどんな球を打っても必死にすがりつき、なんとかこちらへ返してくる。 飛びぬけて強いという印象はないのに、おかげで1ポイント決めるのに恐ろしく手間がかかる。 手足は長い。確かにそれは認める。 だけれども、ここまでボールを拾われるのはそれだけが理由じゃない。 越前と、そして女子では小鷹。 この二人が青学のルーキーの二枚看板だったはず。 三人目がいるなんて、聞いてない。 試合開始時点では想定しなかった長い試合が終わった。 最後にポイントを決めたのは千石だ。 いくら慣れないダブルスといえども1年コンビに負けを喫するわけにはいかない。 試合終了の声に大きく息をつく。 喜びよりも安堵の方が大きい。 試合後の握手をするためにネット際によって行ったが、彼女の姿がない。 「赤月!」 仕方がない、と言う風に越前が彼女の名を呼ぶ。 最後に千石が打った球が向かった方向を自失の態で眺めていた彼女がその声で我に還り、こちらに駆けよってくる。 振り向いた瞬間は泣きそうだと思ったのだけれど、ネット越しに握手を交わした時の彼女は涙を見せなかった。 ただ、まっすぐに千石を見据え、 「次は、負けません!」 そう、のたまった。 「今の対戦相手の子、赤月さんだっけ。いい顔してるね」 なにげなしに言った千石の言葉に吉川が眉を寄せた。 「それは試合前にも聞きました。 貴方の性癖に関しては存じていますが私に同意を求めるのは止めてください」 いやそういう意味でなく、と言い訳する間もなく吉川はさっさとコートを後にする。 言われて見れば確かに試合前に同じような事を口にした。 が、今現在その時感じたカワイイ子だ、なんていう印象は薄れ始めている。 今千石の脳裏に焼き付いているのは、汗埃にまみれて髪も乱れきった、だけどまっすぐに前を見る彼女の姿だった。 気負いや萎縮よりも、多分もっと大事なものを内包した瞳。 そんなことを思いながらユニフォームの袖で流れる汗を拭う。 「次は……かあ」 次があったとしても当然勝ちは譲らない。 だけど、少し再戦の機会が楽しみに思えた。 |