普段から軽いって思われているみたいだし、 まあ自分でも否定はしないけれど。
たまにタイミングを外すとバカみたいにそこから先に進めないことがあるんだ。 例えば、今。
「や、赤月さん。ひとり?」
当然一人なのを見計らってかけた声に、巴ちゃんが笑顔で答える。
「あ、千石さん! おはようございます。 一人ですよー」 「じゃ、向かい、いいかな?」 「はい」
許可を得てから彼女の向かいに座る。
こうやって向かいに座ることに笑顔で答えてもらえるくらいに仲良くなれたのはこの合宿での一番の収穫だなぁ、なんてことを思ったりする。
ただちょっと気になるのは。
「よう巴、おはようさん」 「あ、おはようございます、切原さん。 切原さんも今から朝ご飯ですか?」 「いんや。もう終わった。 今から特別練習だってさ」 「うわ〜。 頑張ってくださいね……」 「へいへい」
これなんだよね。
別に切原くんだけに限った事じゃない。 彼女と顔見知りの選抜選手の殆どが彼女を名前で呼ぶ。 別に他校でも亜久津とかは前から知り合いだったらしいからいいけど、切原くんとかはこの合宿が実質初対面らしいからスタートラインは同じ筈。 いや、俺くらいなんだよね。実際『赤月さん』なんて呼び方してるの。 他のヤツらは名前で呼んでなくても苗字で呼び捨てだし。
俺だってさ。 こんな他人行儀な呼び方じゃなく、もっと親しげに呼びたいなー、とかは思うワケよ。 ただ、いっぺんタイミング逃しちゃうと、どうにもこうにも。 早いうちにさっさとそう呼んじゃえばよかったんだけど、日が経つにつれてどんどん呼びづらくなる。で、現状維持。 情けないなぁ、ホント。
「……ちょっと!」
なんてことを考えていたんで突然背後からかけられた声に心臓が止まるかってくらい動揺する。
「うわぁっ! びっくりした〜。 なんだ、美咲ちゃんか……何?」 「椅子にひっかけていたんでしょうけど上着、落ちてますよ」 「あ、ホントだ。ありがと」
再び椅子に上着をかけ直して向き直ると、巴ちゃんが意外そうな表情をしてこっちを見ている。 ……なんか、俺、変なことしたっけ? ぼーっとしてたから何してても不思議はないけど。
「千石さんって……」 「ん? どうかした?」 「吉川さんのこと、名前で呼んでるんですねぇ」
思ってもみなかった発言。 っていうか、え、ナニ、ひょっとして妬いてくれてる?
「いいなぁ……」
ため息を付く。 いや、もうキミがいいんなら俺としてはいつでも名前で呼ぶって! と、喉元まででかかったところで次の言葉を巴が吐く。
「私も吉川さん、名前で呼べるくらい親しくなりたい……」
…………。 ……ゴメン、美咲ちゃん。 今、ちょっとだけ逆恨みした。
「なんで美咲ちゃんのこと、名前で呼びたいの?」 「だって、ミクスドの選手はただでさえ少ないんですから仲良くしたいじゃないですか。 たとえ他校でも。 私はそう思ってるんですけど吉川さんはライバル校の選手と仲良くするとデータに主観が入るから嫌だって……」
「あー、言いそうだね。確かに。 …にしても、美咲ちゃんか……」 「……? どうかしましたか? 千石さん」
妙な態度だったんだろう。 きょとんとした表情で訊いてくる彼女に、つい本音がぽろりと口をつく。
「てっきりキミが妬いてくれてるのかと思ったんだけど。 美咲ちゃんは名前呼びなのにキミのことは『赤月さん』だから」
冗談半分、本気半分で言った言葉に、彼女はさらに不思議そうな顔をした。
「へ? どうしてですか?」
……うわ、今の、マジ傷ついた。 今のはキツイって巴ちゃん。
なんてことを思って一人ガックリ来た時に
「だって私、千石さんが『赤月さん』って呼んでくれるの、すごく好きなんですけど」
少しはにかんだ笑顔でそんなことを言う。
……あー。
降参。
そんな笑顔見せられたら、まだまだ当分名前でなんて呼べるはずがない。 っていうか一気にそんなことどうでもよくなったし。
惚れたら負けってホントだなぁ。まったく。
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