「今日も寒いですねえ」 「コートにいる時は感じないんだがな」 さっきまでコートを走り回っていたので北風は心地よいくらいだったが、しばらくすると剥き出しの耳が寒さで痛い。 寒さを感じる前に痛さで気温に気付く。 「こんな寒い日は、コタツのありがたさがよく分かるな」 「そうですねえ。コタツで肉まんとか」 「……普通、コタツでミカンじゃないか?」 ぐう。 南の台詞を待っていたかのように、タイミングよく巴のお腹がなった。 それも丁度会話の途切れたタイミングだったので、はっきり聞こえてしまった。 一瞬、二人の間に沈黙が走る。 どうしよう。 女の子的にはこれは恥ずかしいだろう。 聞こえなかった振りをするべきか。 けどあんなにはっきり聞こえたものを聞こえない振りというのも無理がないか。 そもそも、今の不自然な沈黙が南に聞こえていた事を証明してしまっているようなもので。 どうしようどうしよう。 完全に固まってしまった南に巴はきまり悪そうに、しかし結構あっさりと笑い飛ばした。 「あはは、鳴っちゃいましたね」 「……腹、減ってるのか?」 これはこれで失礼な質問なんだろうか。 恐る恐る訊ねてみる。 あまり女子と話さないのでどこまでが許される境界線なのかがわからない。 これが千石ならスマートな対応をするんだろうに。 けどまあ、腹の音を聞かれてもあっけらかんとしてるくらいだから大丈夫なのかな。少なくとも自分に対しては。 「今日、出掛けにバタバタしちゃってお昼あんまりちゃんと食べてないから」 「別に連絡してくれれば多少遅れたってかまわないのに」 「そういうわけにはいきませんよ! せっかく練習時間がもったいないじゃないですか」 そういうもんなのか。 南としては練習中に低血糖で倒れられたらそっちの方が困るのだが。 「……ちょっと行ったところに、俺のお勧めのコロッケ売ってる店があるんだけど、行く?」 「え!」 「あ、肉まんの方がいいか」 発言を撤回しようとした南に、巴がブンブンと勢い良く首を振る。 「いえ! コロッケ食べたいです!」 「じゃ、おごってやるよ」 「わーい、だから南さん大好き!」 巴が発した言葉に、南の動きがぴたりと止った。 心臓に悪い。 密かに大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。 なんの脈絡もなくそういう事を言われると、少し困る。 「赤月」 「はい?」 「あんまりそういう事を気軽にホイホイ言うのはどうかと思うぞ」 「? どうしてですか?」 「どうしてって……」 『思わず真に受けるから』 なんて言えるわけない。 大体目の前で腹が鳴っても気にされないのに真に受ける方がどうかしている。 「ありがとうとごめんなさい、それと好きって言葉は出し惜しみしちゃダメですよ」 「そりゃそうだが、安売りするのもそれはそれでどうかと思うが……」 控えめに食い下がる南に、巴はにこりと笑ってこう言った。 「安売りなんかしてませんよ。南さんにしか言ってませんもん」 「…………! 行くぞ!」 「はい!」 慌てて顔を背けて歩き出すと、横に並んで巴も歩き出す。 落ち着け。 勘違いしちゃいけない。 ……けど。 ひょっとしたら。 さっきまであんなに寒かったのに、今は暑いくらいだ。 |