「あ、南さん! ここいいですか?」 明るい声でそう言ってきたのは、青学の一年生レギュラーの一人、赤月巴だった。 息が弾んでいる。 試合の直後だから当然だ。 「ああ、かまわないよ」 了解の言葉を受け、南の隣に腰掛ける。 「試合、見てくれました?」 手にしていたドリンクを口にして一息つくと、またこちらに向き直った。 「ああ。こっちも試合だったから途中からだけど。おめでとう」 「はい! 男子ダブルスに勝ったんですから、もう補欠扱いなんてさせません!」 南のかけた言葉に、にっこりと嬉しそうに笑う。 一方南は、赤月はそんな扱いを受けていたのか、と内心少し思う。 確かに監督推薦枠ではあるが、彼女の実力は充分選抜レベルだと認識していたので。 ……きっと、彼女の試合をあまり観たことがない人間の中傷だろう。 実力はあっても経験不足の為かムラもある。 不調の時の試合しか目にしていなければ厳しい評価もやむを得ない所だ。 そんな考えにふけっていた南だったが、不意に、そういえば急に隣が静かになった事に気づく。 見ると、 彼女は眠っていた。 さっきの今で。 まるで背中にスイッチでも入っているのかと言いたくなるばかりの切り替わりようである。 「おい、寝るんだったら部屋に戻れよ」 「……はい……」 呼びかけるとかろうじて返事はあるものの、船を漕いでいる体は一向動く気配はない。 どころか、確実に熟睡モードに移行しているのか、段々と身体が傾いていく。 「…………」 「お、おい!」 結果、巴が倒れこんだのは南の膝の上だった。 「……まいったな」 ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。 抱えて部屋まで連れて行ってやるべきなのだろうか。 しかしそれもなあ。 「みーなみっ!」 その時突然かけられた声に危うく叫びそうになる。 すんでのところで堪え、声の主の方を見る。 「いやあ、南君も隅に置けないなあ」 「なんの話だ?」 千石だ。 にやにやしながら自分を見ている事の意味に、初めは不覚にも気がつかなかった。 なので不用意にそんな発言をしてしまった訳だが。 「はっはっは。 こんな人目につくところで赤月さんに膝枕! 度胸あるなぁ、南」 「なっ!、違」 慌てて反論しようとした南の口を即座に千石がふさぐ。 「しーっ! 赤月さん、起きちゃうじゃんか」 大声をあげさせるような事を言ったのは誰だ。 そう思いつつもおとなしくトーンダウンして反論する。 「誤解だ! これは赤月が……」 「うん、見てたから説明してくれなくても知ってる」 「…………」 千石を怒鳴りたい衝動にかられたが、耐えた。 コイツがこうなのは今に始まったことじゃない。 「にしても、さ」 千石が巴の顔を軽く覗きこむ。 「ホント、よく眠っちゃってるね」 「気が張ってたんだろ」 まだ1年。テニス歴も短い。 青学の中では上位クラスかもしれないが、選抜メンバーの中では最下位からのスタートだ。 本人の自覚以上にプレッシャーもあったのだろう。 「ま、そうかもね」 千石がそう言ってちらりと南を見た。 わかってんのかなぁ、コイツ。 その『気が張ってた』赤月さんが南の前では爆睡してるって言う現状を。 言ってあげるつもりはさらさらないけど、よっぽど彼女が南に気を許してる証拠でしょ。 「……ところで、彼女どうしたらいいと思う?」 途方にくれたように南が言うのに、千石はにやっと笑った。 果報者は少し困ればいいのだ。 「さーねえ、彼女が自主的に目覚めるまで付き合ってあげれば? ラッキーだったね、南。今日の練習が全部終わった後で」 「どこがラッキーだよ。いつまで寝続けるかわからないんだぞ」 「あはは、まさかこんなに気持ちよさそーに寝てる彼女を起こしちゃったりは、しないよね?」 「…………う」 すぐ傍でそんな会話が繰り広げられている事も知らず、巴はすやすやと眠っていた。 勝利の余韻と、これからの期待を胸に抱いて。 彼女が一番安心できる場所で。 |