ノートを左腕に抱え、右手に筆記具を握りしめて太一は目指すコートの観覧席に駆け込んだ。 出遅れた。 先ほど観戦した試合の情報をノートにまとめるのに存外時間を食い、すでに試合は始まっている。 この試合に勝った方の中学が次に山吹と当たる学校だ。下馬評では青学だろうとみられている。 苦手なコース、得意技、主な特徴。わかる限りのことをノートにメモする。 亜久津には必要がないと言われたが、やはり事前の情報収集はしておきたい。 そうでなければ、……自分にはするべきことがなくなってしまう。 そんなことを思いながら、軽くため息をつく。 身体的に恵まれない自分がテニス部でできることと言えばマネージャー業だと思い定めはしたもののそちらもなかなか思うようにはいかない。 誰かに何か言われたわけじゃないけど、頑張らないとテニス部に自分の居場所がなくなってしまう。 気ばかり急くばかりでなかなか明確な形にはならないのだけど。 「……あ」 ミクスド1。 コートに入った青学の選手に太一は見覚えがあった。 一人は青学のスーパールーキーと目される越前リョーマ。 そして、もう一人は先ほど会った少女だ。確か、赤月巴、と名乗っていた。 彼女も、レギュラーだったんだ。 確か自分と同じ一年だった。 けれど自分よりもずっと身長の高い彼女を見ればそれも納得なのかもしれない。 噂に名高い青学の越前が自分と大して変わらない身長だったのは意外だったけれど。 試合が始まった。 さすがに越前は巧い。 中学生のレベルを遥かに超えたショットを次々に打っていく。 確かに彼には身長によるハンデは感じられない。 一年生で強豪青学のレギュラーを勝ち取ったというのも納得出来た。 しかし、パートナーである赤月のプレイは越前のそれに対して明らかに見劣りした。 動体視力がいいのか、ボールへの反応は早いのだが、技術がそれに追いついていない。 平凡なミスも多い。 時折驚くほど鋭い打球を放ったりもするが、いかんせんムラが多すぎる。 越前も個人としての技術は高いもののミクスドダブルスとしてはまだ経験が浅いのか連携も甘い。 なんとも危ういペアである。 だけど。 太一の目を惹いたのはその彼女の未熟なプレイだった。 洗練されているとは決して言い難いテニス。 山吹の先輩たちのプレイならば絶対にありえないような欠点だらけの動き。 それなのに彼女のテニスは他の誰よりも楽しげだった。 ただコートを走ることが、ボールを打つことが楽しくてしょうがない。そう思わせるプレイ。 ミスをするとがっくりと肩を落とし、ショットが決まると飛び跳ねて喜ぶ。 それはもっとも単純で明快な気持ち。 勝敗如何にかかわらず、テニスをすることを純粋に楽しんでいる姿だった。 亜久津を初めとして、あこがれる選手はたくさんいる。 ああなりたいと分不相応にも願った事もある。 しかし、彼女のプレイを見ると、誰の試合を見た時よりも強い想いが胸に湧きあがった。 自分も、ここでこうしてみている傍観者ではなく、コートに立ちたい。 テニスをしたい。 身長が低いから、強くなれないから。 そうやって逃げを打つのではなく。 結果のことではなく、先のことを憂慮するのではなく、ただテニスは楽しいものなのだと。 忘れていたそんな感情が呼び起される。 これもまた一つのあこがれの感情なのだろう。 ただ、今までとは違う、手の届きそうな。 そうして彼女のテニスに魅せられた太一だったけれど、後々彼女と深く関わることになる事、そして、それによってもう一つ、別の感情が彼女によって呼び覚まされることなどこの時は思いもよらなかった。 |