「巴さんは、どうして僕なんかを練習に誘うですか?」 ずっと心の中で密かに思っていたことをつい口に出してしまったのは、何もかもがうまく行かないで自棄気味の気分だったからだ。 マネージャーからプレイヤーになってしばらく経つ。 けれど、まだ太一は正式な試合に出場した事は無い。 一方、巴の躍進甚だしい事は言うまでも無い。 彼女と自分の差は開く一方だ。 日頃はがむしゃらに突き進んでいるけれど、ふと自分と彼ら――亜久津や越前、そして巴達――は世界が違うのだから、どうあがいても無駄なんじゃないか、そんなことを思う。 懸命に集めた対戦相手の情報、トッププレイヤーの動きの分析。 それが今の自分は役に立てる事ができない。 望んで転向したのだけれどそれが本当に正しい選択だったのかは、誰にも分からない。 ふと足を止めてしまうとたまらなく不安になる。 ちょうどそんな気分の時の巴の誘いだったので、つい今しがたのような卑屈な言葉が口をついて出たのである。 口にするつもりは無かった言葉。しかしずっと思っていたことではある。 彼女の周りにはそれこそ全国レベルの選手がひしめいている。自分を選ぶメリットがない。 格下の自分に付き合ってくれなくてもいい。 「他の人と練習した方がいいんじゃないですか?」 半分は本音、残りは強がり。 バカな事を言ってる。あとで後悔するのは自分なのに。 が、巴は壇とはまったく逆の解釈をした。 「ゴメン、私太一くんに甘えすぎてたね」 ぺこりを頭をさげられた。 「え?」 巴はうなだれたまま、意外な反応に驚いている壇には気づかないで続ける。 「レギュラー目指して頑張ってるのに、私なんかの練習に付き合ってたら太一君にマイナスだよね……太一君の都合も考えないで甘えちゃってて、ゴメンね」 「いや、そんなことは……そんなことは絶対ないです!」 慌てて大きく手を振りながら即答する。 彼女との練習が益になることはあっても妨げになんてなる筈がない。 「え、そうなの?」 「はい!」 「本当に?」 「本当にです!」 意気込んだ返答を返した壇に、巴は首をかしげる。 「……じゃあ、どうして太一君と練習しない方がいいのかな」 言葉に詰まる。単に巴の実力に拗ねていたとは言い辛い。 「えー、それは……」 「何?」 どうでもいいけど顔が近いんですけど。 じっと目を見られると別の意味で言葉に詰まる。 「じゃあ、巴さんは、ボクと練習しててメリット、あるんですか?」 苦し紛れにした質問返しに、巴は当たり前のように頷く。 「私、太一君が思ってるより多分利己的だよ。 太一君が一番、私のテニスを分かってくれてるし、どうすればいいかも知ってくれてる。多分、私より。 だから私太一君と練習するのが一番身になってるって思うし」 それは、きっと自分が一番巴を見てるからだ。 初めて会った時から、今までずっと。 誰よりずっと巴のテニスを見てきた。その自負はある。 それに、と巴がにこりと笑う。 「メリットデメリットじゃなくて、私太一君とテニスするのが一番楽しいよ。 太一君は『なんか』じゃないよ。私にとっては一番。太一君『だから』だよ」 いつか一緒に、と言葉を継ごうとして巴は唐突に口を閉じた。 けれど言わなくてもその言葉の続きは太一にも分かった。 いつか、一緒のコートで試合をしてみたいな。 パートナーとして。 公式の試合で。 それは今の太一にとっては遥かな夢だ。 手が届かないまま終ってしまうかもしれない夢。 まだレギュラーにもなれない太一が他校生で、すでに全国区の巴のパートナーになるという夢はあまりに遠い。 巴もそれを分かっているから、口にする事をためらった。 口にしたらきっと叶わなくなってしまいそうな、それくらい儚い夢。 「……ちょっと弱気になっちゃいました。変なこといっちゃってごめんなさいです」 少し苦い笑いを浮かべながら、太一はそう巴に告げた。 「ボクも、巴さんとテニスをするのが一番好きです。 巴さんのテニスが好きです。 だからもうすこし、頑張ってみるです」 諦めてしまうのは全力を出し尽くした後だ。 そこまで自分はいってない。 まだ頑張れる。まだ先がある。 そして、小さく付け足した。 「もちろんテニス以外でも、巴さんといるのは好きですよ?」 それは相手が他ならぬ巴だから。 |