着信音が鳴る。
「はい、赤月です」
「……よぉ」
受話器から聴こえてきた懐かしい声につい巴は破顔する。 相変わらず不機嫌極まりないとしか思えないような低音の声。
「亜久津さん! お久しぶりです。 亜久津さんから電話くれるなんて珍しいですね! ……あ、ちょっと待ってくださいね」
受話器に響いている声と、その後の何をやっているのかわからないバタバタとした物音に、無自覚に亜久津は安心する。 相変わらずムダに元気で落ち着きが無い。その明るい声。
「お待たせしました! アメリカでの練習の成果はどうですか?」 「ああ、まあ順調だな。お前は、どうなんだ? まさか腕が鈍ったなんて言うんじゃねぇだろうな」 「まさか! 私だって日々練習に励んでるんですから! 次お会いした時には成長しているのは亜久津さんだけじゃないって見せてあげますよ!」 「フン、自信満々じゃねぇか」
その時、微かに受話器越しに小さなくしゃみの音が聞こえた。
「あ、スイマセン」 「……お前、風邪でも引いてんのか?」
「いえ、ただちょっと風が冷たかったものですから……」 「ってオイ、お前今外にいるのか?」
いやしかしさっきのドタバタとした音は室内のものだと思ったのだが。
「外って言うか、ベランダに出てるんですけどね」 「はぁ? ……洗濯でも取り入れながら電話してんのか」 「いやまさか〜。……ただですねぇ……」
と、いう事はさっきの物音はベランダに出ている音だったのか。 それにしても巴にしては珍しく歯切れが悪い。
「なんだってんだ?」
言い逃れは出来そうに無いなぁ。 そう思って意を決し、言葉をつむぐ。
「ベランダの方がアメリカにいる亜久津さんにより近いかなぁ、って思いまして……」
沈黙。
沈黙。
「…っ! バカなこと言ってんじゃねぇ!」
ああ、やっぱりバカにされた。
「いいじゃないですか。ちょっと思ってみただけなんですから。 ……ところで、今妙に返事が遅く無かったですか?」 「じ、時差だ時差!」 「えぇ? でもまえに国際電話は声が遅れたりしないって……」 「あ゛? なんか文句あんのかテメェ」
なんでここで急に不機嫌になるんだろ?
「……とにかく、もう切るからさっさと部屋に戻れ。 んなくだらねぇ事で風邪なんて引くんじゃねぇぞ」
「え、もう切っちゃうんですか?」 「じゃあな」
ガチャリ。
一方的に切られた電話にちょっとむくれて見せると巴は大人しくベランダから部屋に戻る。
「赤月、ベランダなんかで何してんの」 「あ、リョーマ君。 ちょっと、電話をね」 「…電話? なんでベランダで?」
……あれ、そういえば亜久津さん、なんの用事で電話してきたんだろう?
動揺のあまり、勢い電話を切ってしまった。
「あのバカ……!」
「Jr選抜の件で電話をするのではなかったのか? ……顔が赤いようだが」 「るせェ、テメェには関係ねぇだろ、手塚!」
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