今日は寒いけれど、晴れて良かった。 コーヒーショップの窓際で空を眺めながらそんな事を思う。 雲ひとつない、とまではいかないが快晴と言っていい。 食後に頼んだ二杯目のコーヒーが巴の目の前でふうわりと芳香を立てる。 時間帯の問題か、休日だからか席はそれほど混んでいない。 こうして誰かを待っているのって、まるでデートの待ち合わせみたい。 実際にはそんなことはなく、いきなり大阪まで押しかけてきただけなのだけど。 我ながら少し無鉄砲だったかな、と思わないでもないけれど無事目的の人物とは連絡が取れたので結果オーライという事にしておこう。 それにしても財前さん驚いてたなあ、とさっきの電話を思い出して頬が緩む。 場合によってはすげなく電話を切られるかと思っていたけれど。 と、窓の外に目当ての人物の姿が見えた。 何ヶ月か前に会ったときと同様にいつもの涼しげな顔で、急ぐでもなくゆっくりと歩いてくる。 店内から手を振ると、軽く手を挙げて応えた。 「おはようございます!」 「はよ。朝っぱらから元気やな」 先ほど電話口でも言った挨拶をもう一度告げると、つまらなそうに軽く会釈して巴の向かいに座る。 「朝メシはもう食うたん」 「はい、さっき」 「ふうん」 そんなら行く? と早々に財前が席を立とうとしたので慌てて巴が押しとどめた。 用件は先に済ませておきたい。 「あ、その前に! これ!」 カバンの一番上に仕舞って置いた包みを取り出して手渡す。 中身は言うまでもない。 バレンタインのチョコレートだ。 これを渡す、という目的があったから財前も今日は素直に出てきてくれたのではないかと内心巴は思っている。 女子であり、渡す側の巴としてはピンと来ないがこれをもらえるともらえないとでは雲泥の差らしいので。 「……ん、ありがとう」 差し出されたそれをすっと自分のカバンにしまい込むとまたすぐ立ち上がった。 やっぱり淡白だなー、とは思うが大喜びでチョコレートを受け取る財前というのも想像がつかない。 「今日は何時までおるん?」 「もしかして帰る時間まで付き合ってくれるんですか?」 「帰って欲しいんやったら帰るけど」 「いえ、付き合って欲しいです!」 歩き出しながらそんな会話をしていると、不意に財前の携帯が鳴った。 携帯を取り出すと、着信画面を見て少し嫌そうな表情を浮かべる。 「……もしもし」 携帯から漏れ聞こえてくる声には聞き覚えがある。 「聞こえてますて。てか先輩声デカくてうるさいっすわ。 え、あー、はい、いや、今日はちょっと・・・」 何か誘われているんだろうか。 別に自分はかまわないのに。 そりゃせっかくここまで来たのだから一緒にいられる方が嬉しいが一番の目的は済ませてしまったのだし。 そんなことを思っていると、予想外の事を財前が口にした。 「デート中なんで、すんませんけど」 そう言うと、(おそらく)一方的に携帯を切ってしまう。 ポケットに携帯を再びしまうまでを見ていると、財前が怪訝な顔で巴の方を見た。 「どないしたん」 「え、や、あの、デートって」 デートと思っていいんですか? いやでも誘いを断るための方便だったら自意識過剰だ。 そんなことを思って逡巡していると、財前は少し眉を寄せる。 「ちゃうかったん?」 「えっと、その、だったらいいなとかは思いましたけど」 「あんなぁ」 一つタメイキをつくと財前は巴の顔に人差し指を突き立てた。 「休みの日に寝てるとこ叩き起こされて、メシも食わんと大慌てで家出てきて、そんなんどうでもええ奴からチョコ貰う為だけになんかやらへんわ」 「……朝ご飯、食べてないんですか。だったら言ってくれればよかったのに」 「やかましわ」 そんなん食うてるヒマあるか、と不機嫌そうに言う。 いつもどおりの様子でやってきたと思っていたけれど、実際にはすごく慌てていたことを証明するように、少しだけ直し損なった寝癖が顔を背けた拍子に目に入った。 それを見ているとなんだか自然に顔がほころんでくる。 「何がおかしいねん」 「だって、迷惑かなってちょっと思ってたから」 「迷惑やったら来ぉへん」 「……ですよねえ」 そう言って笑うと、憮然とした顔をしていた財前も少し苦笑いを浮かべて手を差し出した。 「ほな、行くで」 そして、手をつないで歩き出す。 最初の一歩を。 「どっか行きたいとこあるん?」 「そうですねえ、財前さんとテニスしたいんですけど」 「……ラケット持っとるからそんなん言うんちゃうか思たけど……」 「駄目ですか?」 「別にかまへんけど、結局ほぼ確実に先輩に会うやん」 |