「あ、そうそう」
師走のある日、練習後に唐突に小春が言った。
「クリスマスに巴ちゃんが来るんやけど」
「へ?
巴って、あの赤月巴?」
頓狂な声を出したのは謙也だが、その反応はもっともである。
なにせ巴は東京の選手だ。
ちょっと遊びに来るには遠すぎる。
「そう、あの巴。冬休みに家に帰る前にこっち寄るって」
「ちょお待て、なんでそういう事になって、それを小春が知ってんねん」
その場にいた全員の疑問を白石が代弁する。
と、小春はそんなことかと言わんばかりにカバンから携帯を取りだし指し示す。
「メールでそういう話になったから誘ったんやけど」
どうせなら足を伸ばして大阪に遊びに来ないか、と。
それに巴が乗ったという訳だ。
「なんや小春、巴とメールのやり取りなんかしてるんや」
「なっ、ほんまかそれ小春!」
金太郎の言葉に血相を変えて詰め寄る一氏を小春がさも鬱陶しそうにはらいのける。
「やかましわ!
誰とメールしようが個人の自由やろが」
「先輩ら全員やかましいですわ……。
大体、なんで引退したあとも日参してるんですか」
ため息を付くように言った財前が三年らによって袋にされたのは言うまでもなく。
そんなわけで、巴は現在大阪に向かっている。
早々に岐阜の家に帰ったところで多忙の父、京四郎が家にいるわけでもない。
そう思っていたところの小春の誘いに一も二もなく乗ったのだが、本当に迷惑じゃなかったんだろうか。
四天宝寺のメンバーの中に部外者の自分が紛れていいのかな。
そんなことを思いながら大阪の地に降り立った巴だったが、そんな気分は瞬時に吹き飛んだ。
「あ、おった、あれやろ! おーい! 巴ーっ!」
駅の構内にいた人間が残らず振り向いたのではないかと思われる大声。
見ると、金太郎が大きく巴の方に向かって手を振っている。
その横で謙也が勢いこんで柵を乗り越えようとする金太郎を押さえつけ、片耳をふさいだ白石と小春がが小さく手を振ってくれている。
「今行きます!」
嬉しくなって、金太郎に負けない大声で返事をしながら駆け寄った。
「……えーっと、白石さん、訊いて良いですか」
「ええよ、なに?」
「確か、さっき皆さん『大阪で一番旨いたこ焼き食わせたる』って、言ってましたね?」
「そや」
「それでなんでつれてきてくれた場所がここなんですか?」
巴の目の前に見えるのは、どう見ても学校である。
四天宝寺中学。
その校舎前。
もっともな巴の言葉に、ニヤリと白石が笑う。
「ま、ええて。
ウソはついとらへんから」
そう言うと、携帯をポケットから取り出し、どこかに電話をかける。
「ん、そうそう俺や。
もう着く? オッケー、そんなら校舎前で待っとる」
「ほなわい先に行くで!
おーいっ! オサムちゃんーっ!」
先ほどと同じようなデカイ声を張り上げながら金太郎が校舎へ入っていく。
訳がわからずそれを見送っていると、小春が校門側に手を振る。
「あ、来た来た。こっちよ〜」
見ると、こちらに近づいてきたのは財前と一氏に石田、千歳の四人である。
彼らの手には近所のスーパーで買ってきたと思しき食料品の入った袋がある。
「よー、巴。久しぶりね」
「健勝なようで、なによりや」
「長旅、お疲れさん」
愛想よく声をかけてくれる財前や千歳とは対照的に、一氏はなんだか不機嫌そうだが、何故なのかよくわからないがあまり関わり合いにならないようがよさそうだ。
「お久しぶりです!
あのー、ところで、私さっき白石さんたちに『大阪で一番旨いたこ焼き食わせたる』って言われてここに連れて来られたんですけど……その荷物、まさか……」
「まあ校内で焼く、ゆうことやね」
やっぱり。
やがて、金太郎に引きずられるようにしてオサムもやってくる。
面倒くさそうに頭を掻きながら、オサムはポケットからカギを取り出して白石に渡す。
「ほい。
言うまでもないけど面倒は起こさんといてや。
まあ、今日の宿直は俺やしどうとでもなるやろけど」
「当然や。
ありがとな、オサムちゃん」
「あの……学校の施設なんて借りちゃっていいんですか?」
おそるおそる尋ねる巴の頭を、笑いながらオサムがいささか乱暴になでる。
「ええ、ええ。
遠慮したら負けや。
しかしええ子やなー、赤月は。
えーか、大人になっても変な風にはならんとってや」
変な風に、とはどういう風になるということなのだろう、と思いながらくしゃくしゃになった頭を撫で付けて直していると、謙也の鋭いツッコミがオサムに飛ぶ。
「余計なお世話やで。
どーせオサムちゃんまたオンナに振られたんやろ。イブに宿直やってるくらいやしな」
「やかましわ!」
なにはともあれ調理室である。
小麦粉、出汁の素、タコや葱などの食材はともかくとしてたこ焼き機をはじめとする道具がどうしてこうスムーズに出揃うのか。
不思議でしょうがない巴だったが、それを口にすると
「なんでてそんなん、家から持ってきたら済む話やん」
と、さも当たり前のように言われてしまう。
横でそっと銀が「大阪では大抵の家にコレが揃うてるそうや」と耳打ちしてくれた。
たこ焼きなんて店で買うもの、と思っていたがいざやってみるとこれが面白い。
中々上手に引っくり返すことができずにムキになって千枚通しを構える巴を金太郎がバカにする。
「ちゃうて。アカンアカン。
ほら、こうやって外っ側ぐるっと一気にまわしたら自然にひっくり返るやんか」
「やってる、つもりなんですけど!」
そして焼いた側から口にほうり込んでいく。
引っくり返すときに多少形が崩れても、焼きあがりはそれなりに見えるから不思議だ。
「美味しい!」
「よっしゃ、ほな次はチーズ入り焼くでー」
気が付くと結構大量にあったはずの材料は消え失せている。
代わりに残っているのは心地よい満腹感。
「あー、幸せ〜」
「満足したんなら、よかね」
言葉どおり頬が緩みっぱなし、といった調子の巴の表情に千歳が苦笑する。
いつの間にか、窓の外はもう暗い。
冬の日が暮れるのはあっという間だ。
「やっぱ今年も雪は降りそうにないなぁ」
「大阪で12月に雪が降ることなんてめったにないじゃない。降ったら奇跡よ」
窓の外を見ながらそんなことを言う。
外気は冷たいが、確かに雪が降るほどではない。
「でも、私がここでこうしてること自体、奇跡みたいなもんですよね」
「は?」
思わず聞き返した財前に、巴は照れながら言葉を続ける。
「だって私、中学に入学するまでテニスをやるつもりなんてなかったんですよ。
テニスをやってなかったら、全国大会まで出場することなんてもちろんできなかったし、そうしたら四天宝寺の人たちとこうやってクリスマスを一緒に過ごすなんてこともできなかったですよね。
こんな離れた場所で、知り合うことだってできなかったはずなんですから」
遠く離れた場所で暮らす自分達が出会えた奇跡。
それは小さなものなのか、大きなものなのかはわからないけれど、その結果の今。
「そやな!
わいもそう思うわ!」
誰よりも早く金太郎がそう言葉を返す。
続いて白石が巴に微笑を向けた。
「俺も金ちゃんと同じや。
そんで、雪が降るよりずっとええ奇跡やな、その方が」
そして、言いそびれた言葉を告げる。
「Merry christmas!」
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