一ヶ月前、郵送でチョコレートを贈った時に、初めて白石が遠くに住んでいて良かった、と思った。 関東の人なら、きっとそれもしなかっただろうから。 顔を見ることがないから、できたこと。 実際に会ったことなんてそんなにない。 たまに電話はするから、声だけははっきり頭の中で再生できるけど、顔はちょっと自信がない。 そんな程度の関係。 それでも、何かしらの感情が芽生えることはある。 それに『恋』という名前を与えてしまっていいものかどうか巴にはまだ確信はないけれど。 勘違いかもしれないけれど。 それでも、バレンタインにチョコレートを渡したい相手は一人だけだったから。 数日後、チョコレートが届いたと白石から電話があった時には平静を保つのが精一杯だった。 出したものが届くのは当たり前。 なのにその当たり前の事実にひどく動揺した。 届いちゃったんだ。 そんなバカなことを思う。 結局、白石がそれ以上踏み込まないのをいいことに巴は曖昧な内心を告げる事もなく、バレンタインはうやむやのままに終了した。 そして、一ヶ月。 正直な話巴はホワイトデーの存在を忘れかけていた。 正確には自分には関係のないイベントだと思いこんでいた。 だって、チョコレートを渡した相手は一人だけだし。 大阪だし。 そもそも他にも沢山もらってるだろうし。 だから、その日は巴にとってただの週末だったのだ。 前日にいきなり白石から電話がかかってくるまでは。 顔を覚えているか自信がない、なんて言ったけれどまったく問題なかった。 呼び出された場所に行くと、遠くからのシルエットからでもわかる。 巴が白石を見つけた一瞬後に、白石も巴に気が付き、手を振る。 「おはようさん。 急に呼び出してすまんな」 「おはようございます。 ……昨日だからまだ、ものすごく急ってほどでもないですけど、フットワーク軽いですね」 春休みとはいえ、東京大阪間は思いつきで移動できるほど近くない。 「まあ、そやけどな。たまには」 「何かあったんですか?」 用事とか。 巴の質問に、白石は少し考えるような素振りをみせる。 「まあ、何かあると言えばあるような……」 「なんですかそれ」 「ちょっと巴に会うて話したい思うてんけど、それじゃあかんかな」 私に? きょとんとした顔をしていたんだろう。 白石は苦笑すると巴の腕を引いた。 「ここでじっとしとってもしゃあないし、行こか」 心臓が跳ねる。 けれど、手はすぐに離れて開放された。 ほっとしたような、そうでないような。 歩き出しながら、少し先を歩く白石に話かける。 「本当に、話をする為だけに来たんですか?」 「っつーか、まあ、確認ちゅうか」 「確認?」 不意に、白石の歩みが止った。 珍しく白石が困ったように考える素振りを見せる。 「巴、今からちょっと変なこと言うかもしれへんねんけどな」 「はい」 「俺、巴の事好きやわ」 「え」 いきなり耳に飛び込んだ言葉を理解しきれない。 思わずまじまじと白石の顔を見つめてしまう。 「いや、そんな会ってもないし、電話やメールでしか知らへんねんけどな。 気のせいちゃうかな、って思ってんけど実際会って見てわかった。やっぱ気のせいちゃうわ」 「え、あ、その」 胸の中にある感情の名前が分からなかったのは自分だ。 そっくりそのまま同じ事を思っていたのは。 「バレンタインに巴からチョコ来たやろ。 義理にしてもなんにしてもそん頃からずっと考えとったんやけどな。 ちょうどホワイトデーやし、俺の気持ちだけでも伝えとこ思て」 そう言って笑う。 「わ、私もです! 私もずっと、おんなじこと、考えてました。 だから先月チョコレート送ったんです。」 「ほんまに?」 「…………はい」 急に恥ずかしくなって目を伏せる。 地面を見ていた目に、白石の手が映った。 再び差し出された手は、今度は巴の手を握る。 そして今度は手を繋いだまま歩き出す。 「けど、この距離はキツいと思うで」 「そうですよね」 「いつか、耐えられんようになるかもしれへんけど、いいか?」 その答えは、決まってる。 今度ははっきりと顔をあげて答える事ができた。 「それでも、何もしないで諦めるより、ずっとこうやって手をつなげるかもしれない方がいいです」 いつか放してしまうかもしれないけど、放さないでずっと繋いだままでいられるかもしれない。 マイナスの可能性よりも、プラスの可能性を考えたい。 そう言って笑うと、白石は少し驚いたような顔をしてからひどく嬉しそうな表情を見せた。 初めてみた顔。 見た事がない表情なんてきっとたくさんある。 これからきっと、たくさん見つけられる。 今まで知らなかった事よりも、これから知っていける事が嬉しい。 それさえ忘れないでいれば、きっと大丈夫。そう思う。 「じゃあ、とりあえず今日はどこ行こか?」 |