「やっぱり白石さんはバレンタイン、チョコいっぱいもらったんですか?」 来たか。 電話の向こうから聞こえてきたわくわく、としか形容しようのない声に白石は内心ため息をつく。 時は二月。 女子にとって(場合によっては男子にとっても)重要なイベントであるバレンタインデーの終わった直後である。 そういう質問が来るんじゃないかとある程度予想はしていたのだけれど。 「……まあ、全然貰ってへんとは言わへんけど」 「やっぱりそうですよねー。どのくらいですか?」 「そういう質問は、跡部くん辺りにした方が面白いんと違うか」 「跡部さんのレベルになるともう桁違いすぎて訊く気にもなれませんよ」 と、言うことは『訊く気になる』程度だとの予測くらいはしているわけか。 まあ跡部と比較されても困るが。 しかし少々面白くない。 バレンタイン前にならともかく、バレンタイン後にその話題、というのが白石には気に入らない。 意識していない、と言外に告げられているようなものだ。 まあしょうがないと言えばしょうがない。 大阪と東京。この距離はハンパじゃない。 そして意識して貰う努力を白石は怠った。 なのでこの現状は当然の帰結だとも言える。 けれど。 「まあ、とりあえず本命には貰えへんかったわ」 「え、……そうなんですか」 白石の言葉に、先ほどまでとは一転して巴の声のトーンが落ちる。 それが白石に同情してのことなのか、それとも白石の『本命』発言によるものなのかは残念ながらわからない。 そう、携帯電話での会話で通じることなんてたかが知れている。 声だけで伝えられることは思うよりも少ない。 言葉にしないと伝わらないことの方が、ずっと多い。 だから、白石はそのままこう続ける。 「そう、その上気軽にいくつチョコもらったんか、なんて訊かれるし散々やわ」 「あー………………あれ?」 相槌を打とうとしている途中で何かに思い当たったらしい。 「どないしたん?」 「あの、ひょっとして、もしかしてですけど、今私遠回しに皮肉言われました?」 「まさか」 あ、やっぱりそうですよね。 そう言おうとしたらしい巴の言葉を最後まで言わさない。 「あからさまにあてこすったんやから」 携帯の向こうに走る沈黙。 きっと動揺してる。けど、こっちだって平静なわけじゃない。 「え、あ、じょじょじょ、冗談、ですよね?」 「こんなタチ悪い冗談言わへんよ」 充分タチが悪い。 そう自覚はしている。けれどそれは口にしない。 「…………本当の、本気ですか」 窺うような声。 信用はあまりないらしい。 「ほんまの、ほんまやで」 「本当の、本当の、本気なんですね」 「ほんまのほんまの本気やって」 繰り返される同じ質問に、何度でも同じ答えを返す。 電話で伝えられることは限られている。だから何度でも伝えられることは伝えたい。 すると、得心が言ったらしい巴がぽつりと呟くように言った。 「……バレンタインの前に言ってくれたら良かったのに……」 「そう言われてもなぁ、そんなんアピールするんも格好悪いやん」 今の時点で充分格好悪い。 けれど体裁にこだわって欲しいものを逃してしまうのはもっと嫌だと気付いただけにすぎない。 「なんで、とか訊いてもいいですか」 「……難しい質問やなぁ。 とりあえず、巴と話すんが好きやし、こうして聴こえる声も好きや。けどきっと……」 「いや、すいません、もういいです」 途中で遮られたけれど、きっと実際には細かい理由なんてどうでもいい。 ただ、好きなのだ。 だから、もう躊躇はしない。 『バレンタインの前に言ってくれたら』 その言葉は、望む答えをくれたって思ってええんやんな? 「ほな、来年は俺は本命からチョコレートは貰えるんかな」 「…………鬼が笑いますよ」 |