新大阪のホームに降り立ち、新幹線出口を出る。 在来線に繋がる改札を抜けるとそこには既に白石が待っていた。 年末、しかもクリスマスイブということも関係しているのか駅構内の人出はかなりのものだったが、無事白石を見つけられたことに巴はほっとする。 会う度に同じ心配をしてしまうのだが今のところ毎回杞憂に終わっている。 もっとも、以前この心配を口にしたところ白石に「そんなんたとえ隠れとったって絶対見つけたるわ」と一笑に付されたのだが。 ……一度隠れてみたらどうなるんだろうと考えたのは秘密である。 取りあえず今回も白石の方が先に巴を見つけ出した様子で、軽く此方に手を振っている。 隠れるのは無しにしても先手くらいは打ってみたいなぁ。次の機会には予定より早い新幹線に乗ってみようかな。 そんな事を考えながら彼の方へと駆け寄った。 「白石さん、こんにちは!」 「お疲れさん」 そのまま自然なタイミングで巴の右腕に抱えた荷物を手に取る。 「エラい荷物やなぁ。先ロッカーにでも入れとく?」 「このまま実家に帰る予定ですしね。あ、でもそっちの紙袋は四天の皆さんへのお土産なんで」 そう言うと、白石の動きが一瞬止まった。 「どうしました?」 「言ってへんかったっけ、今日はあいつ等に会えへんで」 「え、そうなんですか?」 巴が白石に会いに大阪に来るときは大抵四天の誰かしらにも会うので今回もてっきりそうだと思い込んでいた。 今日は皆都合が悪かったんだろうか。 「残念?」 「……ちょっと。じゃあ、これ白石さんから渡しておいてもらえます?」 「了解」 必要最低限の手荷物以外を駅のコインロッカーに入れ、再び移動する。 日帰りではあるが、今回は岐阜への帰省ついででもあるのでいつもよりは長くいられる。 そうは言っても時間は有限だ。変に迷って無駄な時間を過ごしてしまわないように今日行きたい場所やりたいことは既にある程度相談済みだ。 一緒にコートで軽く打ち合って、大阪駅前をぶらついて。 大して何をしてるわけでもなくても冬の太陽はあっという間に沈んでいく。 「巴、もうちょっとええ?」 白石がそう言って再び電車に乗り、ほんの少しだけ移動する。 これは予定にはなかった。 地下の改札を抜け、地上出口に出ると先ほどまでとは比較にならないほどの人の数。 そして。 「うわ……!」 あたり一面のイルミネーションに思わず巴は歓声を上げる。 まるでテーマパークのようにどこもかしこも光り輝いている。 「巴は見たことないんちゃうかと思て」 「はい! すごいですね! ……あの建物、今動きましたよ!」 「うん、3Dのライトアップやねん。重文やから実際に崩れたら大騒ぎやけどな」 そして、歩いても歩いてもイルミネーションが続く。 先々で屋台が設置されているのもまた楽しい。 「寒ない? 両岸川やから冷えるやろ」 「人が多いし、歩いてるからそうでもないですよ」 「そんならええけど」 まっすぐ歩き続けると大きな道路が目の前に現れる。 ここで終点かと思いきやその道路沿いにまた延々とイルミネーションは続いていた。 「端まで行ったら長すぎるし、遅なるからキリのいいとこで電車乗ろ。ちょうど地下鉄の線上やし」 先ほどの場所がメインの会場だったのだろう。 道が長いこともあり、人の数はかなり減った。 ゆっくりと景色を眺めながら並んで歩くことができる。 歩道を手をつないで歩きながら、何気なく巴が言った。 「ねえ、白石さん」 「ん?」 「今日私が大阪に来てること、実は皆には秘密ですか?」 日中通りがかった本屋の中に見つけた見覚えのある二人。 ハッキリ確認したわけじゃないけどあれは謙也と財前だった。 とりたてて用事がある様子もなく、背中にはラケットケースを背負っていた。 「なんや、バレた?」 悪びれず白石はあっさりと肯定する。 「だって、クリスマスくらいは巴を独り占めしたいやん」 「……白石さんも、そういう事、言うんですね」 さらりと言われた言葉に動揺する。 だって、大阪に来るときは四六時中じゃないにせよ誰かがいることが多かったし。 それを困ったように思ってる感じもなかったから『独り占めしたい』なんて口にされるとは夢にも思ってなかった。 「言うよ? 俺は結構独占欲強いで」 あかん? そう言ってこちらを見る白石に巴は大きく首を横に振る。 予想外に今日白石を独占できて嬉しい気分なのは巴も同様なのだ。 「そんなら良かった。そや、忘れんうちにこれも渡しとくわ」 つないでいない方の手をコートのポケットに入れると、小さな紙袋を巴に渡す。 開けてみるとそこに入っていたのは金属でできた桜の花びらの細工が綺麗なストラップだった。 「クリスマスプレゼント」 「え、だって白石さんが『クリスマスプレゼントはなしで』って言ったんじゃないですか!」 ストラップを握りしめたまま猛然と巴が抗議するが白石に笑って流される。 「だから、巴はこっち来んのに金かかってんのやし、ええて言う話やん」 「ズルいですよ、白石さんだけ!」 ……ズルい? 単語に引っかかりを覚えた白石に巴は畳み掛けるように言う。 「私、白石さんにクリスマスプレゼント何買おうかなー、って悩みたかったです」 好きな人への贈り物を選ぶ時間は、とても楽しいのに。 そう言ったところで急に抱きすくめられた。 「え、ええっ!? 白石さん?」 「巴のせいや。公衆の面前でも我慢できへんようになった」 「……私、何か変な事言いました!?」 「言った」 何が引き金になったのかさっぱりわからない。 混乱する巴には構わず白石はさっきまでと同じ調子で話を続ける。 「ちなみにさっきのストラップな、趣味に合うた?」 「は、はい」 「そんなら良かった。あれな、銀細工やねん」 「えっ、それ高いんじゃ!?」 「言うても銀やし、値段はそんな高ないて。つーかそうやなくて」 白石はまだ当分放してくれそうにない。 あったかいけど、恥ずかしい。 っていうかもう暑いのか寒いのかよくわからない。 「しまっといたら色変わるから、できれば携帯につけといて」 「あ、はい」 「そしたらしょっちゅう目に入るやろ」 「はい」 「しんどい時、それが目についたらすぐ電話してくれたらええから」 辛い時、そばにいなくてもすぐそこに繋がれるから。 勿論嬉しい時も、何もなくても。俺がおるって思い出して。 そんな事を言う白石に、巴は思い出すまでもなく忘れることなんてないのに、と思う。 きっとストラップはずっとぴかぴかのままだ。 けれどそれを口には出さずに、白石の背中に手を伸ばすと、ぎゅっと力をこめて抱きしめ返す。 「白石さん、私多分白石さんが思ってるより、ずーっと白石さんの事好きですよ」 一緒にいられる時間は、あと少し。 今、抱きしめている力の分だけ時間が止まればいいのに、なんて思いながら。 |