また、夏が来た。 各学校、主力でありまた例年になく実力者の揃っていた去年の三年選手の卒業により大分顔ぶれや力関係も変わっている。 一部、昨年とほぼ顔ぶれが変わらない学校もあるにはあるが。 とは言っても青学は今年も磐石と言っては言い過ぎかもしれないが中々の安定感を見せているようだ。 関東大会一回戦の戦績を見て白石はそんな感想を抱く。 まさかシードの青学が一回戦で負けるとは思っていなかったが。 「白石さん!」 聞き慣れた声が白石の意識をそちらに向けさせた。 昨日も聞いた筈の声だが、生で聞くのは随分久しぶりだ。 思わず知らず笑顔になるのも致し方ない。 「よ、一回戦突破おめでとうさん」 「ありがとうございます!」 軽く手をあげると巴はぺこり、と頭を下げる。 「まあ、いうても残念ながら一回戦には間に合わへんかってんけど。堪忍な」 「早かったですからね。仕方ないですよ。 だけど二回戦はもうすぐですから見ててくださいね!」 「そら当然」 その為に大阪からわざわざ来たのだから。 そう言うと、はにかむような笑顔になる。 それを見ることが出来ただけでもわざわざ東京まで遠征してきた甲斐があった。 「……あ」 と、不意に巴が白石の肩越しに何かを見て驚いたような声をもらした。 「どしたん」 振り返ってみるも、白石には何も特別な何かは見つけられない。 「……お父さん」 「え!?」 呟くような巴の言葉に慌ててもう一度振り向くと、明らかにこちらに向かってくる人物を白石にも認めることが出来た。 「よう、巴。 調子はどうだ?」 飄々と巴に声をかける。 さっきの白石に対する時とは逆に、巴は頬を膨らます。 「よう、じゃないでしょ! 来るなら来るって先に言っといてよ! 驚くじゃない!」 話に聞いたことはあるが、実際に姿を見たのは初めてだ。 巴の父親にして、スポーツ医学博士の赤月京四郎。 騙し討ちのような形で巴を青学に放り込んだという京四郎は成る程、ぱっと見た印象だけでも一筋縄ではいかなそうな人物である。 顔の造作は巴に似ていないこともないが、すぐに感情が表に出る巴とは正反対に何を考えているのかわかりかねる。 そんな事を考えながら親子が言い争う(とは言っても巴の不平を一方的に京四郎が聞き流しているだけだが)様子を眺めていると、巴が我に返ったのか白石の方を向く。 「あ、すいません。 えーっと、私の父です」 「あ、どうも」 曖昧に頭を下げる。 想定外にも程がある。一体何をどう話せというのか。 とりあえず名前くらいは名乗っておくべきか、と口を開きかけたところ先手を打たれる。 「白石くんだろう。大阪の」 「はい」 よくご存知で。 まあ職業柄全国クラスの選手は頭に入っているのかもしれないし、ひょっとしたら巴から何か聞いていたのかも、しれない。 「わざわざ大阪から?」 「チームメイトがこっちですから、一緒に」 「ふうん」 これはウソではない。 今現在その友人は弟の試合を見に行っているので完全別行動ではあるが。 にしてもこの品定めされているかのような状況は非常に落ち着かない。 巴は全くわかっていない様子なので助けを求めようもない。 しかも。 「おーい、赤月! なに油売ってんだ。もう次の試合始まるぞー」 「あ、はーい、今行きます! じゃ、白石さん、お父さん、行ってくるね!」 「行ってらっしゃい」 「ま、せいぜい頑張れや」 二人に手を振ると慌ててチームメイトの元へ走っていく。 そして白石は京四郎と取り残される。 「さて……それじゃこっちも行こうか」 「はい?」 「試合、応援するんだろう?」 「そりゃもちろん」 てことはひょっとしてひょっとしなくても、一緒に観戦するというハメに陥ったという事で。 気まずい事この上ない。 銀さん来ぃへんかな、と儚い期待を寄せてみるが向こうも今試合中なのか姿は見えない。 もっとも自分がこの様子をハタから目にする立場だったら近寄らない。絶対。 そうこうするうちに試合開始が告げられた。 それまでがいくら気まずかろうと、試合が始まれば観戦に集中するので余計な事に機を取られる事もあまりない。 コートの上では巴がボールを追って駆け回っている。 前に見たときよりも、動きが良くなった。 それほど頻繁に会う事がないので、たまにこうやって試合を見るとその成長振りに驚く事がある。 と、横で京四郎がぽつりと呟いた。 「ラケットダウンの形が良くなってきてるな。……君か?」 「え、なんでですか」 確かに以前ラケットダウンの動きを指導した事はあるが、なぜ青学ではなく自分だと思ったのか。 「まあ、カンと言ってしまえばそれだけだが、青学ならもっと別の部分を指導するだろうと思っただけだ」 「そんなもんですか。 ……言うても、しょっちゅう見られるわけちゃうしそんな教えたとかえらそうなもんちゃいますけど」 そういうと、不意に京四郎がコートから目を放しこちらを見る。 「どうして、巴なのかな?」 京四郎に言われる前にも、何度か言われた言葉だ。 何故、巴なのか。 地元にだってもっと他にいくらでもいるだろう、と。 そして、その疑問に対する答を白石は一つしか持たない。 「条件で誰かを好きになったりするほど、器用ちゃうんですわ」 巴だから。 そうとしか答えられない。 理由なんてない。 答えになっていないような白石の答えに、京四郎は「成る程ね」とだけ言って、再び観戦に戻る。 そして終始危なげのない試合展開で勝敗は決した。 やはり確実に成長を遂げているという事だろう。 京四郎が立ち上がり、大きく伸びをする。 「さてと……んじゃ、ちょっと竜崎先生んとこに挨拶に行って来るって巴には言っといてくれるかな」 「巴もこっち来ると思いますけど、待たへんのですか」 「久しぶりなんだろ? ジャマしちゃ悪い」 まあ実際その通りではあるのだけど。 「邪魔したいもんなんとちゃいますのん」 「俺は娘に嫌われたくないからな。 それにわざわざ邪魔しなくても、この距離で数年保ったらたいしたもんだ」 挑戦的な京四郎の台詞に、白石も口の端だけをあげて笑いを返す。 「そん時には、もう邪魔しても無駄や思いますよ」 「ま、せいぜい頑張りな、若者」 「あれ、お父さんは?」 ユニフォームのまま走ってきた巴が白石一人なのを見て首をかしげた。 「竜崎先生んとこに挨拶に行くて言うてはったで」 「ふーん。……お父さん、なんか白石さんに変なこと言ったりしませんでした?」 「変なことって?」 「う……具体的に訊かれると困るんですけど」 苦笑しながら、ぽんと巴の頭を叩く。 「別になんもないよ。 ……けど、前に巴の言ってたとおりの親父さんやな」 「え、なんか言いましたか? 私」 「キツネ親父」 そして巴は、京四郎からは京四郎からで「どうせならもっとイチャモンの付け甲斐があるやつ選べ。ソツがねえったらありゃしねえ」と意味不明の難癖をつけられたのは余談である。 |