「へ? ホワイトデー?」 「そう、ホワイトデー」 きょとんとした顔をする金太郎に、白石が指を突きつけた。 「金ちゃん、巴にもろたんやろ。お返ししたらへんの?」 白石が言っているのは勿論ひと月前のバレンタインのチョコレートの話である。 金太郎が周囲に見せびらかし回っていたので皆知っている。 「お返しって……返さなあかんの?」 「ホワイトデー知らんのかいな」 「まあ、金ちゃんやしな」 「一般的には三倍返しやで、金ちゃん」 最後の小春の言葉に金太郎の顔色が青くなる。 「そんなら、今までたまに教室とかで女子にお菓子もろとったんも三倍にして返さなあかんの……?」 「アホ、なんでやねん、バレンタインだけや」 「つーかなんで卒業したのになんで先輩らここにおるんですか。うっとうしい」 「財前はもうちょい空気読め」 話が反れている数人を白石が華麗にスルーする。 「金ちゃんも貰て嬉しかったんやったら、巴かてお返しもろたら嬉しいんとちゃう?」 「……って言われてんけど、巴どない?」 「それをいきなり直接訊きに来ちゃうあたり金太郎君だよね……」 窓の桟に腰掛けながら言う金太郎に、巴は苦笑を洩らす。 東京大阪間が彼にかかっては隣町くらいの気軽さになってしまう。 しかもいきなり自室の窓からやってきて「どない?」だ。苦笑ももれようというものである。 何をしでかすかわからない天然右脳型イノシシ娘と言われている巴だがこと金太郎が相手になるとこちらはただの常識人だ。と、思う。 「アカンの? だって巴のことやん。巴に訊くんがいちばん早いんとちゃう?」 「いやまあそうかもしれないけど……」 普通は実行しない。 「で、どないなん」 「そう言われても……」 正直な話金太郎にそんなものははなっから全く期待していない。 なのでいきなり言われてもとっさにはなんとも言い難いというのが本音である。 むしろこうして会えただけで望外という奴だ。 しかし、わざわざ東京まで来てくれたのだから「別になんにも」ではあまりに申し訳ない。 金太郎は期待に満ち満ちた顔でこちらの答えを待っている。 そうだ。 やっと巴にいい考えが浮かんだ。 「んじゃ、せっかく来てくれたんだし、一緒にテニスしようよ。それがお返しってことで」 「元々初めっからそのつもりやけど……そんなんでええのん?」 「うん、それがいい。一緒にテニス出来る機会なんてそんなにないんだし」 支度するね、というと「ほな、わい外で待っとるわ」と金太郎は現れたときと同じように窓の外に姿を消す。 仮にも女の子の部屋なんだし、気軽に窓から出入りされるのもなぁ、と思わないでもないが、それよりうきうきする気分の方が上回ってしまう。 金太郎くんとテニスするの、随分久しぶりだな。 そう、久しぶりなのだ。 だけど、日頃遠くに離れているのに金太郎が万事この調子なので、距離を感じる事があまり無い。 それはすごいことなんじゃないかな、と思うのだ。 出来るだけ急いで支度を整え、外に出る。 家の外で待っていた金太郎がこちらに大きく手を振ってくる。 手を振り返して駆け寄ると、歩き出してすぐに金太郎が足を止めた。 「どうかした?」 「せや、忘れとった」 何を、と聞き返す前に腕が伸びて、振り向く前に巴は息苦しい程に抱きすくめられていた。 「…………!?」 「わい、めっちゃ巴のこと好き」 「え? ちょ、え!?」 何がなにやらわからない巴をやっと解放すると、邪気のない笑顔を見せる。 「ホワイトデーはモノだけやなくてバレンタインにチョコくれた子に自分も好きやって伝える日なんやろ?」 「な……そ、それ誰が!」 「白石。ちゃうかったん?」 違ってない。 違ってないけど。 日頃遠く離れているのに、一時が万事この調子だから、ひょっとしたら四六時中そばにいたら、身が保たないかも知れない、なんてちらりと思ったりもしてしまう。 ……それはそれで、きっと楽しいんだろうけど。 |