全国大会。 その晴れがましい舞台には当然日本中から強い選手が集まっている。 集まっている訳だけど。 ――残念ながら、そのすべてが興味深い選手、というわけでもない。 何度目かのあくびの後、金太郎は立ち上がった。 「オサムちゃん、わいオシッコ行ってくるわ」 金太郎の方をチラリと見たオサムは、しょうがないな、といった表情を見せ「あんまうろちょろすんなよ」とだけ言った。 もっとも、この短い返答さえ最後まで言い終わる前にもう金太郎の姿は消えていたが。 何かから逃げるように、駆け足で離れる。 やっと観客席に釘付け状態から解放された。 ずっと試合を見ているだけなんてつまらない。授業中よりマシ程度のゴーモンだ。 テニスは見るもんやなく、やるもんやろと金太郎は思う。 見ていて面白い試合なんてほんの一握りだし、自分の試合の参考にするとか、研究するとか、そういう難しいことは金太郎には存在しない。 大体理屈でテニスなんかしたことがないのだから。 そんなことを思いつつ、一応口実に使ったトイレから出てきたところで女子選手にぶつかった。 「あ、ごめん」 「いえ」 幸先悪い。 男子ならともかく、女子が相手だととにかく金太郎は相性が悪い。 何かともめたあげくに最終的に加害者にされてしまう事が常だからだ。 だから今もさっさとその場から立ち去ろうと思ってたのだけど、何の気なしに相手の顔を見てしまったのがいけなかった。 「……わい、そんな強くぶつかった?」 「え?」 金太郎の言葉に、相手は驚いたような表情を見せる。 少しして、それが自分の睫毛を濡らす涙のせいだと気が付いて、慌ててユニフォームの袖で乱暴に目をぬぐう。 このオレンジのユニフォームには見覚えがある。 と、いうかよく見るとユニフォームの中身にもうっすら覚えがある。 確か青学でコシマエとミクスドに出てる選手だ。 例によって例のごとく試合なんて(しかもミクスドときたら尚更)金太郎は見ているわけがないので強いのか弱いのかは知らない。 けど『めっちゃ強い』らしいコシマエとペアを組んでるくらいだからそれなりなんだろう。 「大丈夫。関係ないし、なんでもないから」 拒絶ともとれるような台詞を吐くと彼女は金太郎に笑ってみせた。 乱暴にこすった目もとが少し赤い。 「そうなん?」 「うん。驚かせてごめんね、金太郎くん」 「あれ、わいの事知ってんの?」 不意に名前を呼ばれて驚いたが、自分も知ってたくらいなんだから向こうが自分を知ってても別におかしくない。 「さっき四天宝寺の試合、見たから。 楽しそうなテニスするなあって。 私も、頑張らなきゃ。……ひとつ前の試合の事はとりあえず忘れて」 そう言うと、何かを切り替えるようにひとつ頷いて両手で自分の頬を思い切り叩いた。 痛そうな音が響く。 音だけじゃなく、実際痛かったらしく顔をしかめているが。 「どないしたん、急に」 「ん、気合い入れた」 コイツ、変わってる。 けど、嫌な感じはしない。 「なあ、自分なんで泣いとったん」 あけすけな金太郎の質問に、少し困ったような顔を見せつつも、結局口を開く。 「さっきの試合が、ちょっとあまりに不甲斐無かったから。 ……けど、もう大丈夫。気持ち切り替えたから」 負けたんだろうか。 しかし言葉どおり、もう顔にその名残は殆どない。 全力で叩いた頬の赤みの方が目立つくらいだ。 女は弱いし、弱いからすぐ泣く。 そう思ってたけど目の前の彼女はさっきまで泣いてたのにそこから感じるものは弱さとは真逆。強さだけだ。 「あ、私そろそろ戻らなきゃ、また先輩に叱られちゃう。 それじゃ、また準決勝でね!」 慌てたように足を踏み出しかけ、一度振り返り金太郎に笑顔で手を振ると全力疾走で走り去っていった。 多分、走った先には青学がいるんだろう。 さすがに呆気にとられてそれを見送っていると、今度は反対側、背後から肩を叩かれた。 「金ちゃん、便所てどこまで行っとってん」 「うわぁっ! ……なんや、白石か。おどかさんといてや〜」 放っておくと金太郎はいつまで経っても帰ってこないので迎えにきたらしい。 おとなしく連行されながら、ふと気が付いたことを訊ねてみる。 「なあ、白石」 「なんや?」 「青学のコシマエとペア組んどるんって誰」 コシマエやなくて越前な、と訂正しつつ白石が赤月という名前を金太郎に告げる。 アカツキ。 下の名前はわからない。 「白石、試合見たことあるん?」 「さっき見た」 それって勝ったん? 負けたん? どんなテニス? 強い? 知りたい事がいくつも口から出かかったが、結局金太郎は口をつぐむ。 「なんや珍しいな、金ちゃんが口ごもるなんて」 「……別に」 口にして白石から――誰かの口から聞くのはなんとなく嫌だった。 知りたければ、見ればいい。 つまりはそういう事。 |