その日は冬の寒さが戻ったような冷え込みだった。 しかし、今の巴にはあまり関係がない。というより逆に熱いくらいだ。 あまり焦ってもしょうがないと思いながら、どうしても早足になる。 だってものすごく待つのが苦手そうな人を待たせているのだ。 走り出してしまいそうになる身体を押さえながらやっと目的の場所にたどり着くと、やはり謙也はそこに立っていた。 「お待たせしました!」 「いや、ええよ。急に呼び出したん俺やし」 「そうですよ。着く前に連絡してくれれば……」 大阪から東京までにかかる時間は長いのだから出発する前、それでなくても途中からででも連絡してくれれば待たさずにすんだのに。 「いや、まあ、なんつーか連絡しておらんかったらショックやな、とか思って」 だから事前に連絡をしておけばいいのに、と巴は言っているのだが、どうも謙也と巴の認識に微妙なズレがあるようだ。 怪訝な表情を見せる巴に、謙也は「まあええわ」とすませてしまう。説明してくれる気はないらしい。 「で、どうしたんですか急に」 「……まあ、そう言われるんやろな、とは思ってたんやけどな」 そう言うと、持っていたバッグから小さな包みの入った紙袋を取り出した。 即座にそれがどういう意味合いのモノなのかを理解した巴の表情が強ばる。 「ホワイトデーやから、お返し」 やっぱり。 うっかりしていた。 「お返しって……私、郵送で送っただけだし、四天の他の人達と同じようにしか渡してないのに、そんなわざわざ東京にまで……」 「ストップ」 巴が言いつのるのを謙也が途中で遮る。 来る必要なんてないのに。そう巴が言おうとしているのは全て承知しているのようだ。 「堪忍やから滅多にない巴に堂々と会う口実、奪わんといて?」 「…………」 そう言って差し出された贈り物を、巴は受け取る事が出来ない。 かといって謙也も差し出した手を引っ込めることをしない。 「……どうして」 「ん?」 「……どうして、私なんですか」 謙也がくれる想いに、巴は応えた事がないのに。 それでも、何度でも手は差し出される。 「一緒にいたことなんてほとんどないじゃないですか。 謙也さん、私の事あんまり知らないでしょう? 多分謙也さんの知らない嫌な所、いっぱいありますよ。近くにいたら、きっと好きになんてならないくらい」 少しの間だけなら、誰だって人はいい面だけを見せたがる。 短期間だと思えば我慢だって出来る。けど長期間となるとそうはいかない。 どこかでボロがでる。そしてきっと。 「きっと……後悔しますよ」 顔が見られずうつむいた巴の目に、謙也の手だけが見える。 しかし、そんな巴の言葉を聞いても、謙也の手は差し出されたままだった。 代わりにため息のような、苦笑のような息がもれる。 「ええよ」 「え」 思わず顔をあげる。 「巴の悪いとこ、見せてや。 確かに俺は巴のええとこだけしか知らんのかもしれへんけど、知りたいよ。 知らんとこ、いっぱいあるやろ。ええとこも、悪いとこも。全部知りたい。教えて」 笑って言う。 その謙也の笑顔はひどく心強かった。 「……そこまでして私にこだわるメリットなんて無いと思うんですけど」 「それを決めるんは巴とちゃうやろ。俺にはちゃんとメリットあるよ。……で」 俺は、今までとはちゃう返事もらえるん? 伺うように言われた言葉に、巴は手を伸ばして謙也の手から包みを受け取った。 笑おうと思うのだけど、上手くいかない。 嫌われるのが怖いのは、ガッカリされてしまうのが怖いのは。 その理由はひとつ。 けれどきっと怖いだけじゃない。 「私も、謙也さんの色んなとこ、もっと知りたいです」 |