「あ、侑士? 今度の休みそっち泊めて」 「悪いけどその日用があんねん」 「あほ、別にお前おらんでもええっちゅーねん。泊まるだけや」 「……あー」 曖昧な返事はもう理解した、という意を込めているのだが電話口の向こうの相手にそんなニュアンスは通じていない。 「巴に会う約束してんねん」 「あーあーはいはい」 嬉しげな声で報告が入る。 言われなくても分かっている、と言いたいところだがおそらく言っても耳に入らないだろう。 「にしても頑張るなお前も」 「まあ、遠いけどな」 「いやまあそれもやけど。横取りされてへんの」 「はぁ?」 「人気あんで、巴。可愛いって」 「え、ちょ」 「ほな、オカンに言うとくわ」 ガチャン。 一方的に電話は切られた。 「巴!」 駅の改札で自分を待っている巴の姿をいち早く見つけた謙也は声をかけながらダッシュでそちらに向かう。 すぐにこちらに気が付いた巴が笑顔でこちらに大きく手を振る。 ほんま、可愛えなあ。 正直この時点で謙也の頭から先日の侑士との会話など吹っ飛んでいる。 「謙也さん、こんにちは!」 「待った?」 「いえ、そんなことないですよー」 「ほな、行こうか」 「はい」 二人が向かう先はテニスコートだ。 当たり前のように謙也もラケットを持参している。 わざわざ大阪からやって来て行く場所がテニスコートというのはどうかとさんざん言われたが、結局の所二人の一番の共通点であり一番好きな事と言えば「テニス」なのでこれは二人にとっては当然の帰結である。 こうやって二人で巴の通うスクールに向かうのも何度目かだ。 駅からスクールまではさほど離れていない。 二人で話をしながら歩いていく。 そんな時だった。 「よ、巴じゃん。今から練習か?」 背後からかけられた声に巴が振り向く。 そこに居たのは不動峰の神尾だった。 「神尾さん、こんにちはー。そうなんです。今からスクールの方に行こうと思って」 「って、四天宝寺の忍足さんじゃん。珍しい組み合わせだな」 『巴』 気軽に呼び捨てたその呼称と同時に数日前の従兄弟の言葉が脳裏に蘇る。 人気あんで、巴。可愛いって そして巴は笑顔で神尾と話している。 普通に考えればそれは当たり前だ。 しかし嫌な言葉を思い出した謙也には先ほどの『珍しい組み合わせ』という言葉すら不安要素に映る。 そしたら普段は、別の誰かと一緒にいるのが当たり前なんかな。 ミクスドの選手なんだから、誰か別の奴と組むのは当たり前なんやけど。 離れている距離を明確に意識する。 モヤモヤとした感情に支配されるまま、謙也は巴と神尾の会話を一方的に中断させた。 「悪いけど、急いでんねん」 「あ、……ああ、すいません、邪魔しちゃったっすね」 「ほな」 強引に巴の手を掴むと早足で歩き出す。 引きずられないように慌てて足を踏み出しながら巴は「それじゃ、また!」と神尾に手を振った。 駅で謙也を迎えてくれた時のように。 その笑顔は自分だけのものじゃない。 しばらく歩いていると、横から巴がなだめるように言った。 「そんなに慌てなくても、コートはちゃんと押さえてありますよ?」 「あ」 その一言で、急に我に返る。 負の感情にまかせて無理矢理巴をあの場から連れ出した。 神尾にも巴にも、完全な八つ当たりだ。 しかも左手には巴の右手を掴んだまま。 途端羞恥と後悔と自己嫌悪が襲い掛かる。 慌てて巴の手を放すと、思わず頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。 「ど、どうしたんですか、謙也さん!?」 「ごめん」 「何がですか?」 「さっきめっちゃ感じ悪かったな。あの場におりたなかってん」 懺悔するように言うと、少しの沈黙のあとうかがうような巴の声が頭上から降る。 「それって、ひょっとして……ヤキモチですか」 明確に形にしたくなかった言葉をあっさりと口にされる。 自分がこんなに狭量で独占欲が強いとは思ってなかったし、知りたくなかった。 「……怒った?」 カッコ悪い。 肯定の意も込めてうかがうように言うと、謙也の隣に巴も同じように腰を下ろし、下から見上げるように謙也を見る。 そして返した言葉がこうだ。 「ちょっと嬉しいとか言ったら、謙也さん、呆れますか?」 破壊力ハンパない。 咄嗟には言葉が出てこなかったのでとりあえずすぐに首を横に振った。 すると安心したように巴が照れ笑いを浮かべた。 顔が赤い。 笑顔で手ぇ振る相手や、テニスする相手は俺以外におるかもしれへんけど、今の台詞と表情は俺だけのやって思っててもええんやんな? |