呼び鈴が鳴った。 「はいはーい!」 丁度玄関先にいた巴は、威勢良く返事をしながら外に飛び出した。 ドアを開きながら、しまったこんな呼び鈴を押した直後にドアが開くような即反応では待ち伏せしていたみたいだなと思ったけれど、まあ待たせるよりはいいかな、と瞬間思い直す。 が、ドアを開けて驚いてたのは巴の方だった。 「……え、あれ、千歳さん!?」 そこに立っていたのは、本来なら大阪、もしくは九州にいるはずの千歳だったからだ。 クセの強い髪。巴でも見あげるほどの高い背。 見間違えるはずもない。 勿論、千歳もドアが開くスピードに少し驚いた顔をしてはいたのだけれど、巴の比ではない。 「随分早かね」 「え、な、なんで千歳さん、どうしたんですか? 私、何も聞いてないですよ!?」 さっき携帯を開いてたけどメールも来てなかった。 素直に疑問をぶつける巴に、千歳は飄々としたいつもの笑顔で答える。 「天気がよかったけん」 「いや、確かに天気はいいですけど!」 そういう問題だろうか。 天気がいいからふらりとやってきた、という距離ではない。 しかしまあ、千歳ならそれもあるかもと思ってしまえるあたり恐ろしい。 「それならそれで、先に連絡くれれば良かったのに」 「いや、なんちゅうか、携帯持たんと来たばってん、番号がわからんばい」 「……本当に、行き当たりばったりで来たんですね」 ラフな普段着に、ほぼ手ぶらと言っていい格好。 かろうじてサイフだけはポケットに入っているようだけど、これで大阪から東京に来ましたなんて言っても普通は信じられない。 あまりにもらしい千歳の様子に、つい巴の顔に笑みが浮かぶ。 「まあ、それはええけど巴、なんか用事があったんじゃなか?」 「へ?」 「出かけるところだったけん、すぐ出てきたんね」 いわれて思い出した。 「いえただ、いい天気だから河川敷コートでテニスでもしようかな……と思ってただけで」 誰かと約束をしていたわけでもないし、外せない予定ではない。 なので千歳の顔を見た瞬間意識から吹っ飛んでいたわけだが。 巴の言葉を聞いて、一瞬何かを思い出そうとするような表情を見せた千歳が、ぽんと手を打つ。 「ああ、河川敷て桔平らが休日に練習しとるとこばいね。 なら今からでも行くったい。予定を邪魔したのは俺ったい。気にせんでよかよ」 そう言って、巴にラケットを取ってくるように促す。 いや、そうじゃない。 確かに、テニスがしたかったし、そこに行こうとしていたのは自分なんだけど、それはさっきまでの話であって。 きっと千歳と河川敷のコートに行っても不動峰のメンバーは受け入れてくれるだろうし、橘さんも喜ぶだろうし、私もそれはそれで楽しいんだろうけど。 逡巡した末に、意を決して巴は口を開いた。 「あ、あの、千歳さん!」 「なんね?」 「えーっと、ワガママを言うようなんですけど……」 うつむいて口ごもる巴の次の言葉を、千歳は黙って待ってくれている。 少しの間が空いた後、小さな声が千歳の耳に届く。 「…………もうちょっと、千歳さんを独占しておきたいんですけど……」 「…………」 「…………」 沈黙が、痛い。 勇気をふりしぼって巴が顔をあげるのと、千歳が口を開いたのは同時だった。 「あー……すまんかったね」 「え?」 千歳は右手を口に当てながら、なんと言っていいものやら考えながら言葉を選んでいるように見える。 そんな彼の様子は初めてみる。珍しい。 「俺が変なこと言わせたばい。 いや、急に押しかけて巴の都合を考えとらんかったばってん、配慮したつもりが、逆に困らせよったね。すまん」 あ、ひょっとして動揺しているのかこれは。 「いえ、あの、私こそ変なこと言っちゃってスイマセン。 本当に、ただのワガママなんて気にしないでください!」 慌てて手を振って言う巴に、千歳は苦笑いを見せた。 「こげんことが我侭いうばってん、たまにはこぎゃんして我侭言いなっせ。 俺は、気がきかんからね。 そぎゃん風に言ってくれんと今日みたいにわからん時がある」 「む、無理です!」 勢いよく首を横に振る。 その様子がおかしかったのか、千歳は声をあげて笑うと、改めて巴に言った。 「じゃあ、今日は1日俺が巴ば独占して良かばい?」 それに対する答えは一つだ。 「はい、もちろん!」 |