「可愛い?」
思わず反復してしまった。 思いもしなかったからである。
「うん。可愛い。そう思わない?」
にこやかに不二がさらに反復する。
他でもない。 手塚のダブルスパートナー、巴の事である。
どうしてシングルスの雄である手塚がダブルス、しかも相手は初心者の女子、と当初は誰もが首をかしげたものだったが、なかなかどうして呼吸のあったプレイで順当に白星を積み重ねている。
そして、手塚の、そのパートナーに対する印象は、
「……考えた事もないのでよくわからないな」
これに尽きるのである。
「ふぅん……まあ、感じ方は人それぞれだからね」
それでその時の会話は終了したのだが、手塚としては何かが引っ掛かったような微妙な感覚が残った。 で、数日後の今に至る。
今現在、巴が素振りを行っている姿が手塚の視界の範囲内に見える。 彼女の容姿が一般基準から見てどうなのかなどと皆目見当もつかない。 そもそもその方面に関して手塚は致命的な程に疎いのだからわかる筈がない。
ただ、こうして巴に前より気を遣るようになって気づいた事が一つ。
「赤月」
「は、はいっ!」
かけられた声に、飛び上がらんばかりに過剰反応した巴がふりかえる。
そこまで緊張しきった反応をされると、自分が声をかける時は説教しかないとでも思われているのか、と多少気にかかる。 まあ実際問題手塚から巴に声をかけるときは大概それなのだが。
「休憩時間にはちゃんと休息を取れ」
手塚の言葉に巴がバツの悪そうな顔をした。自覚はあるらしい。
割り振られた休憩時間もよく観ていると一人素振りなどに時間を費やしている。 待機時間も同様だ。 ただでさえ女子にはハードすぎる練習内容なのに休憩もろくに取らないのでは今まで身体に異常がないのがおかしいくらいだ。
「熱心に練習を行うことは良い事だが休息はきちんと取れ」 「はい……この間大石先輩にもおんなじこと言われちゃいました……」
大石は気づいていたのか。自分よりも先に。 部員全員によく目を届かせている大石ならばある意味当然なのかも知れない。
「大石にも注意を受けているのならなおさらだ。なぜ改めない」
手塚の言葉に、巴が目を伏せる。 黙って巴の言葉を待つ。
少しの沈黙の後、ようやっと巴が口を開く。
「だって、そうでもしないと追いつけない気がして……」 「追いつく? 誰にだ」 「誰にでもです。私が一番下手なんですから」
それは当然だ。 上級生はもとより、同じ1年レギュラーの越前や小鷹もテニス経験者だ。 入部と同時にテニスを始めた赤月はスタートから出遅れている。
「公式試合では全勝している。焦る必要はないと思うが」
思ったことをそのまま口にしたら、巴の眉が下がった。 ……一瞬、泣きだしてしまうのではないかと思った。
「あれは、手塚部長が勝っているんです。 ミクスドに部長が出ているのは肘をいきなり酷使してしまわない為にでしょう。 なのに、結局、負担をかけちゃってるじゃないですか!」
驚いた。
それは確かに竜崎先生が言った言葉である。 ありていに言ってしまえばミクスド3は捨ててしまってもいいのだと。
手塚のリハビリと巴の経験値稼ぎ。 それが竜崎の提唱したこのペアの役割であった。
だが。
「赤月、確かに当初竜崎先生はそのつもりでこのペアを組んだ。 だが俺は不満のあるペアなど組むつもりはない。 肘も以前言ったように既に完治している。だから」
慎重に言葉を選びながら口にする。 実際、ペアを組んで見ると足手まといどころか予想外に巴はよく動いた。 今現在、手塚にとってこのペアは暫定的なものではない。
それを、彼女も知っていると思いこんていた。
よく考えてみればいわれない中傷の矢面に立っているのは巴なのだ。 内心嘆息する。 本当に何も見えていなかったのがよくわかる。
「……だから、パートナーに無茶な練習で怪我などされると俺も困る」
どういえばいいだろうと思いながら口にした言葉に、ふいに巴は顔をあげた。
「パートナー……部長はパートナーだって思ってくれてるんですか?」
意外な言葉。 困惑しつつも素直な思いをそのまま口にする。
「? 当然だ」
いささか感情の機微に疎い感のある手塚にすらわかるほどに、巴の顔が輝いた。
「そうですよね、私、部長のパートナーなんですよね!」 「……その当たり前の事がそんなに大喜びするような事か?」
思わず怪訝な表情で聞き返した手塚に、巴は満面の笑みで答えた。
「はい、その当たり前の事が確信できなくて不安だったんです」
本当に、たったそれだけのことを気にして?
理解不能だ。しかし。
「次に同じ事で不安になるようなら無茶をする前に俺の所に来い。 それぐらいの事なら何度でも言ってやる」 「はい! ありがとうございます!」
しかしまあ、なんだ。
こういう所か。
「不二」 「ん? なんだい、手塚」 「お前が以前言っていた、赤月が可愛いという事、少しわかった気がする」
「そう? ……別に、わざわざ報告してくれなくてもいいんだけど」
|