一昨年着ていたお気に入りのワンピースは、もう着られなくなった。
去年よく履いていたサンダルは、もう底が擦り切れてしまった。
夏が終れば、秋が来る。当然の自然の摂理だ。
それはわかっている。
けれど。
秋が過ぎ、冬を越えて春を迎えたあと、再び夏がくる。
その夏は一年前の夏の続きだと、そう思っていた。
一度過ぎ去った季節は二度と戻らないのに。
今年、十三で迎える夏は一度だけで、来年やってくる夏は絶対に同じものではないというそんな当たり前のことを巴は知った。
終ってしまった。
閉会式が終わり、各校選手達が帰路につく。
先程までとは違う喧騒。
試合中の熱気は、もう去ってしまった。
「赤月」
背後からかけられた声に巴が緩慢な動きで振り返る。
目が合うと、河村が苦笑いを浮かべた。
「ほら、皆もう行っちゃったよ。俺たちも行こう。
……そんな顔してないで、さ」
ユニフォームを見なければ、巴は敗残者と思われても仕方のないような表情をしていただろう。
とても全国制覇した青学のレギュラーとは思えないような。
「……終わっちゃいましたね」
コートを見下ろしながら、つぶやくように言う。
「終った、ね」
「なんだか、あっという間でした。
無我夢中でなんだかわからないうちに……終わっちゃいました」
「うん、俺もそうだな」
相槌を打つ河村を見上げる。
この大会が、最後のテニスだと聞いていた。
これからも一緒にテニスをする機会はあるのかもしれない。
けれど、河村が公式の大会に出ることは、多分、もう、ない。
「河村先輩、一つ、訊いてもいいですか?」
「何?」
ずっと訊きたかったこと。
「河村先輩は、最後の大会、ミクスドで出場したことに悔いはないですか?」
全国大会だけではない。
地区大会から都大会、関東大会。
その全てを河村は巴のパートナーとしてミクスドに出場していた。
最後の夏を、試験枠として導入されたばかりのミクスドに費やした。
それは、本当に本意だったのだろうか?
今更といえば今更の、唐突な巴の質問に一瞬河村は驚いたような顔をしたが、すぐにそれは笑顔に変った。
眉が八の字になっている巴の頭に手を置くと、ぽんぽんと軽く叩く。
「後悔なんて、するはずないよ。
俺は、中学テニスの最後にお前と組めて、本当に良かったって思ってる。
しかも優勝までできたんだ。これ以上はないってくらい、最高の幕引きだよ」
「本当ですか?」
「うん、本当だよ」
正直で腹芸のできない河村の100%の肯定に、やっと巴は安心したような顔を見せた。
よかった。
この気持ちが、片方だけのものじゃなくて。
「私も、テニス初めて最初に組んだのが河村先輩でよかったです。
初めての夏が最高の形で終われました。……ありがとうございました!」
ぺこり、と頭を下げると照れたように河村が笑う。
「俺こそ、ありがとう。
……さ、行こう。また英二あたりが騒ぎ出すよ」
「あ、ちょっと待ってください最後にひとつだけ!」
もう一度、コートに向き直ると両手を口に当て、大声で叫んだ。
「青学ーっ! グレイトー!」
通りの良い大声に、まだまばらに残っている人たちが何事かとこちらをみる。
「ちょ、赤月……!?」
「完了です!
じゃあ行きましょうか、河村先輩!」
衆目を浴びていることを自覚して赤くなっている河村に小さく舌を見せると、巴は駆け出した。
肩をすくめて小さくため息をつくと、河村もまたそれに続く。
それが、その年の夏の終わりだった。
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