大切な言葉






「不二、女の子って、やっぱり気持ちはちゃんと伝えて欲しいものだよね」


「……は?」

 突然の言葉に、間の抜けた返答をしてしまった。
 一体何の寝言だろう。
 しかし、それを言ってきたのは河村である。
 表情を見る限り大真面目だ。なので、不二も真面目に答えることにする。

「まあ、一概には言い切れないし、ボクは女の子じゃないから断言は出来ないけれど、多分そうなんじゃないかな。
 ……タカさん、モエりんにまだ何も言ってなかったんだ」
「え? な、なんで赤月のことってわかるんだい?」
「…………まあ、なんとなく」

 わからないヤツがいるとしたら、手塚くらいのものである。

 中学最後の一年間、河村と巴は一緒にペアを組み、選抜大会まで勝ち抜いた。
 結局、そこまで登りつめながらも河村は当初の予定どおり潔くきっぱりと学生テニスを辞め、現在は高校に通う傍ら父親の跡を継ぐべく寿司屋の修行に入っている。
 だが、完全にテニスを断ったというわけではない。
 巴が寿司屋の手伝いに入ってなんとか時間を作り、部活には入っていないものの、細々とテニスは続けている。

 むろん、練習時間が圧倒的に違うので趣味の域でしかないが、その趣味程度のテニスでも巴がいなければ河村はやめてしまっていただろう。
 そんなこんなで、河村は今もテニスと細い糸でつながっており、巴とも親密な関係を築いている。
 なので、てっきり二人は付き合っているものとばかり思っていたのだが、違うのだろうか。

 その疑問をそのまま口にすると、河村が複雑な表情を見せる。

「それが、俺にもよくわからなくて」

 バレンタインにチョコももらった。
 卒業してからも週末はほとんど会っている。
 たまに店の手が開いている時は二人で遊びに行く事もある。
 店の手伝いに来ている姿は常連客の中でも定着し、父親なんかは未来の嫁、とまで公言する始末だ。
 だけど。


「それらしいことは、お互いまったく言ってない、と」

 不二の言葉に頷く。
 少し驚いたが考えてみればそれほど意外なことではない。
 この河村に、あの巴だ。
 あまり進展は望めそうにない。


「でもまあ、別にいいんじゃないの?
 彼女だって何も言っていない訳だし」
「それは、そうなんだけど……」

 煮え切らない返事。
 要するに彼の中で既に答えは出ているのだ。


 それに気がついた不二はくすり、と笑うと鞄から携帯を取り出し、登録してある番号から目当ての人物を見つけ出す。
 向こうも今から部活、といった時間だろうか。
 うまく捕まるといいのだけれど。


 何度目かのコールの後、幸運にも電話が繋がった。



「やあ、うん。久しぶり。
 突然だけど、今日部活の後って時間あるかな?
 ああ、それは大丈夫。大して時間は取らせないし。
 タカさんが君に話があるんだって。うん、……うん。じゃ、また」


 電話を切ると、河村が唖然とした表情でこちらをみている。予想の範囲内だ。

「不二、今の電話の相手って……」
「うん、モエりんだよ」

 なんでもないことのように答えると河村の顔が一気に蒼白になった。
 それを見ながら、あっさりと不二は言い放つ。



「じゃ、頑張っておいで、タカさん」



 ……これくらいの意趣返しは、許される範囲内だろう。






 今イチ事情が飲み込めないまま、巴は待ち合わせ場所の公園で河村を待っていた。

 しょっちゅう顔を合わせているのに、わざわざ不二を介して呼び出しまでする必要のある話とはなんなのだろう。
 考えていると悪い方悪い方へと思考が向かう。
 この間会った時になにかやらかしたんだろうか。
 河村は温和だからあまり何か言われることがないが、今まで色々ガマンしていただけかもしれない。
 そもそもしょっちゅう店に押しかけて手伝いをしていること自体迷惑だったりしたらどうしよう。


 おじさんに『嫁』とか言われて浮かれてたけど河村先輩はそりゃいい気しないよね。
 ちょっと調子に乗りすぎてた?


 ずっと一緒にいるけど付き合ってるわけじゃない。
 その事実が痛い。何を言われるのか考えると怖い。

 逃げようか。



「お待たせ。待たせちゃったかな」

 そんな考えに捕らわれ始めた頃に、河村が姿を現した。
 河村の顔を見た途端に思わず頭を下げる。


「すいませんっ!」
「え?」
「私、何かご迷惑かけちゃってるんですよね?」


 先走る巴に慌てて河村は手を横に振った。


「違う違う!
 お前の事を迷惑なんて思ったこと一度もないよ」
「え、本当ですか?」
「ああ、むしろ感謝してる」


 河村の言葉にようやく安心した巴はほっと胸をなでおろす。
 どうやら最悪の想像だけは外れたらしい。


「じゃあ、今日はどういう用事なんですか?」


 何気なく巴が言った途端、河村の表情が固まった。
 そうだった。
 不二が勝手にやったことだと言い逃れる、なんていう選択肢は河村の中に存在しない。

 言うしかないのだ。


「先輩?」


 怪訝そうに巴が河村の顔を覗き込む。
 深く息を吸うと、口を開く。

「あのね、赤月!」
「はい」
「店とか手伝ってもらってずいぶんになるけどさ」
「やっぱり、迷惑かけてますか?」
「いや、そうじゃなくて!
 け、けじめをつけとこうと思ってさ。
 ……今まで一度もちゃんと言ったことなかったから……」


 一瞬その意味がつかめなかった巴だが、赤面している河村の顔を見てその意味がわかった。
 と、同時に一気に頭に血が上る。



 これはまったく予想してなかった。



「え、あ、あのその、先輩?」

 心の準備ができてない。
 しかし、それは河村も同様だ。
 いやむしろこちらの方がいっぱいいっぱいである。


「赤月、お、俺はね……」

 倒れないのが不思議なくらい顔が赤い。

「あ、あのそんな、無理しなくても」


 思わず余計なことを口にする。
 気持ちは嬉しいけれど河村には酷な気もする。

 以前必要だと言ってくれただけで充分だ。

 もっとも、それはテニスのパートナーとしての話で、しかもラケットを持った勢いの上での台詞だったが。


「いや、でも、今の機会を逃したらまた言えなくなるから!」


 再び深く息を吸う。




「俺は、お前のことが好きだよ」




 言えた。
 と安堵する間もなくいきなり衝撃を感じた。
 巴が飛びついてきたのだ。
 危うく転倒するところだったがすんでのところで堪えた。

「あ、赤月!?」
「……です」
「え?」


 本当に、別に言葉にしてもらわなくてもかまわないと思ってた。
 だけど言葉にしてもらったら自分でも思っても見なかった程に嬉しい。
 だから同じように、喜んでくれればいいと願いながら、巴は口を開く。



「ありがとうございます。私も河村先輩のこと、大好きです」



 大切な言葉を、伝えるために。







タカさん誕生日記念のつもりで書いていたんですが間に合いませんでした。
まあ誕生日ネタじゃないからいいかなー、っと。

しかしなんでここまで気恥ずかしい話になったんだろう。
そして不二は毎度の事ながらお気の毒としか。


2006.11.23.

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