昼休み。 今日はぽかぽかと暖かい陽気だ。 風はだんだんと冷たくはなってきてはいるが、小春日和というやつか。
ああ、いい天気だなぁ。 まるで縁側でくつろぐ隠居後の老人のように中庭で日差しを楽しんでいた河村の平和な時間は、すぐに破られた。
校舎からまさにイノシシの如き勢いで飛び出してきた女の子。 ……見まちがえるはずもない。あれは巴だ。 後ろを気にしつつ走ってきたのでそのまま河村に激突する。
「っと、大丈夫? よそ見してると危ないよ」 「す、すいませ……あ、河村先輩!? あーいけない、話してる場合じゃないです! こっちです!」 「え? あの、おい、赤月?」
河村の言葉など耳に入っていない様子で植木の奥に入り込み、身を潜める。 何故か成り行き上河村もムリヤリ引きずられて。
「おい、赤月、何があったんだ……?」 「シーっ! ちょっと追われてるんです。スイマセンがしばらくこのまま……」
言われて、素直に河村は押し黙る。 なるほどここは外から見えにくい場所ではあるが、代わりに中からも外の様子が確認しにくいので赤月の言う『追われている相手』(まあ、ある程度の予測はつくが)がここに近づいているのかどうかも確認できない。 ほとぼりが冷めるまでずっとここに潜んでいるつもりなのだろうか……自分まで。
そしてもう一つ、河村にとっては一番重要な欠点が。
狭いのだ。
人が、それも二人も隠れるための場所ではないので当然なのだが、自然密着しなければならない程度には狭い。 この状況で、しばらく待機を要請されるのは非常につらいのだけれど。
あー、案外ここも日が差すんだなぁ……。
そんな他所事に意識をやろうとする。 上手くいかないけれど。 さっきまでの平穏はどこにいったんだろう。
どれくらい経ったか。 時計がないから確認は出来ないけれど、チャイムが鳴っていないからまだ昼休みは終わっていないみたいだ。 とても長い長い時間に感じているけれど実際にはそんなでもないんだろう。
ところで、いつまでここで待ってるんだ? さっき黙っているように言われたのでバカ正直に押し黙ったまま河村は巴の様子を伺い見た。 すると。
「…………」
寝てるよオイ。
確かに気持ちいい陽気なんだけど。 だけどなぁ。 さっきまで大騒ぎでダッシュしてて気がついたら寝付いてるって。 こっちは緊張しちゃって眠気どころの騒ぎじゃないのに。
やっぱ、こんなに安心して寝られちゃってるってのは意識されてないからなんだろうなぁ。
そんな事を思って溜め息をつく。 まあいいんだけど。 何かを期待しているわけじゃないし。
自分を騙す小さな嘘。
と、それまで大人しく寝息を立てていた彼女の唇が少し開いた。 その隙間から漏れる小さな寝言。
「…………」 「……………………」
え。
いやまさかそんな。 今の、聞き間違いかな。 寝言だし、意味なんかないよね。
ホントにもう、ありえないし。 限界。 ほらもう昼休み終わるかもしれないし、いつまでもこんなところで寝ていたら赤月も風邪をひいちゃうし。 よし、理論武装完成。起こそう。
これ以上寝言でとんでもないこと言われたら起きた時に顔合わせられないし。
「赤月? 赤月! ほら、起きなよ」
一応小声で、軽く巴の肩を揺する。
「んぁ?」 「こんなところで寝ちゃダメだろ」 「……あーっ! すすす、スイマセン!」
叫び声とともに跳ね起きる。 狭いんだからあんまりオーバーアクションを取られるとぶつかりそうなのだが。
「あわわわ、本当にスイマセン! ホラ、あのそのあんまりぽかぽかしてたんでちょっとうつらうつらと……あああああぁ、すいません〜っ!」
真っ赤な顔であたふたと弁解する。
「いや、それはいいんだけど。 赤月、そんなに大声出しちゃっていいのかい?」 「へ?」 「だって、誰かから隠れてたんだろ?」
ハッ、と巴の顔が赤から青に変わる。 それと同時くらいにこれまた派手な大声が中庭に響き渡った。
「モエりん! そこにいるのね! これ以上逃げたら承知しないわよ!」 「ああぁっ! 申し訳ありません河村先輩、ではこれで!」
簡単に頭を下げるとまた慌ててそこから走り去っていく。 まるでつむじ風みたいだ。
いや、つむじ風ってより台風かな。
自分で自分にそう訂正してゆっくりと立ち上がる。 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。
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