一年部員だけで素振りを行っていると、カツオが巴の方を向いて不意に言った。
「赤月さん、今日誕生日なんだって?」
「え、うん。よく知ってるね、水野くん」
手は休めず、顔だけをそちらに向ける。
同じように手は動かしながらカツオが巴に笑いかける。
「今さっき小鷹さんに訊いたんだけどね。おめでとう」
「へへへ、ありがとう」
カツオの奥側には確かに那美がいる。彼女もこちらを向いて笑顔を見せていた。
と、反対側から今度はカチローと堀尾が声をあげる。
「へえ、そうなんだ。おめでとう!」
「てことは昼休みに騒いでたのはそれかよ。越前言えよなー!」
「……どうでもいいし」
不満気に言う堀尾にリョーマはつまらなそうにつぶやくとそっぽを向いて素振りを続行する。
「じゃあさ、誕生日祝いって言うにはアレだけど今日部活の後片づけ、代わってあげるよ」
「え、そんな悪いよ」
「いいからいいから。年に一度なんだし甘えときなよ」
「そうそう、せっかくなんだしさ!」
カチローとカツオ、さらには向こうから那美にまでそう言われて巴は戸惑いつつも頷いた。
「そう? それじゃあ……」
「あ」
「え?」
カツオと那美が急に動きを止めた。
怪訝に思って前を向いた巴の動きもまた、止まる。
「私語厳禁とは言わんが、話に夢中になるあまりに手が疎かにならないように」
「は、はい! 手塚部長!」
いつの間にかすぐ目の前に現れていた手塚に思わず直立不動になる。
ちらりと横目で見ると他のみんなは熱心に素振りを続けている。しまった、そっちが正解だ。
「レギュラー三人はコートに入れ。残りの一年は球拾いにつくように」
「はい!」
きれいなユニゾンで返事をすると各自移動する。
巴も同じようにコートに向かおうとすると、手塚に呼び止められた。
「赤月」
「はい! すいませんでした!」
つい脊髄反射で謝罪の言葉が口をつく。
案の定手塚の眉がひそめられる。
「……俺はまだ、何も言ってはいないが」
「あ、はい、すいません。さっきの私語に関してかと思いましてつい」
「先ほどの件ではない」
他に何かやらかしていただろうか。
多分、身に覚えはない。
「じゃあ、どうかしました?」
「今日はお前の誕生日なのか」
「……? はい」
「そうか」
それが何か関係あるのだろうか。
ますますわからない。
しばらく次の言葉を待つ。
「いや、いい。呼び止めてすまなかった」
「いえ」
首をかしげながらコートに向かう。
コートでは那美が心配そうに巴を待っていた。
「部長、なんて?」
「いや、それがさっぱり。あ、ひょっとして『誕生日おめでとう』って言ってくれるつもりだったんだったりして!」
「いやぁ、それはないんじゃないかな……」
いや、でもひょっとしたら、と那美はちらりと手塚を窺い見る。
その表情はいつもと変わりなく見える。
真相は手塚だけが知る。
つまり、彼以外の誰にも実際のところはわからないのだ。
「モーエりんっ!」
ぺしっ。
部活を終え、制服に着替えて帰宅しようとしたところでいきなり後頭部をはたかれる。
「何するんですか!」
「まあまあ怒んな怒んな。せっかく先輩が誕生日を祝ってやろうってんだから」
「へ?」
桃城がなだめるように笑いながら言う。
横では巴の頭をはたいた張本人の菊丸がにやにやと笑いながらこちらを見ている。
「モエりん、今日誕生日なんだろ? せっかくだから菊丸様がファミレスでパフェでもおごっちゃるよん」
「え、本当ですか!?」
「マジマジ。っても桃と折半だけどね」
と、そこに通りがかった荒井の腕を即座に掴む。
「あと荒井も」
「は? なんすか菊丸先輩!?」
「わーい、ありがとうございます、菊丸先輩、桃ちゃん先輩、あと荒井先輩!」
「だからなんの話だってんだよ!」
「まーまー、諦めろって荒井。ここに通りがかったのが運のツキだって」
話がさっぱりつかめない荒井の肩を苦笑いしながら桃が叩く。
それを見てリョーマが大仰にため息をつくと帽子をかぶりなおす。
「……珍しく荒井先輩に同情するっす」
「おー、越前も来る? お前の分はおごんないけど」
「遠慮するッス」
「いいじゃん、リョーマ君も行こうよ!」
「ていうかお前、家帰ったらおふくろがケーキ作ってるって事覚えてる?」
「大丈夫だよ〜、別腹別腹」
「それ、使い方間違ってると思うけど」
「だーかーら、なんだっつーの!」
「ごちそう様でした!」
ファミレスを出て満足そうな表情で巴が頭を下げる。
「いやいや、かわいい後輩の為だからね〜」
「そうそう」
「桃先輩は食いすぎだと思うんすけど」
横では財布を開いたまま、まだブツブツと荒井が文句を言っている。
「くそっ、今月は出費がデケェってのに……」
「まあまあ、三分の一なんですからそんなに大した出費じゃないじゃないですか」
なだめるように言う巴に荒井が食って掛かった。
さすがに企画者の菊丸は先輩なので面と向かっては逆らえない。
「お前が言うな赤月! 自分の飲食代に上乗せなんだぞ!」
「荒井先輩が自由意思で飲み食いした分まではちょっと責任とれませんよ」
「この分はぜってぇ俺の誕生日に取り返すからな! 覚えてろよ!」
「だって私荒井先輩の誕生日知りませんから」
「じゃあ今覚えとけ! 俺の誕生日は」
「それじゃ先輩たち、また明日!」
「聞けーーーーーっ!」
大きく手を振ると、リョーマと共に家路へと向かう。
もう日はとっくに暮れている。
「あー、今日はみんなにお祝いしてもらっちゃった!」
「そんなに嬉しいもん? 自分の生まれた日ってだけなのに」
つまらなそうに言うリョーマに巴は当然と言わんばかりの顔を向ける。
「うん、嬉しいよ! 私が生まれた日ってことを皆が意識してくれてるって事が」
「ふーん……」
と、携帯が鳴った。
聞き覚えのあるメロディは巴のものだ。
画面を開いた巴の顔が傍目で明らかにわかるほどに輝いた。
同時に、リョーマの眉が一瞬不快そうに寄った。
隣にリョーマいることなど忘れてしまったかのように携帯を読み返し、閉じる。
「さ、早く帰らないと夕飯の時間に間に合わなくなっちゃうね。帰ろ!」
「……ねえ、今の、誰からのメール?」
不躾ともいえるリョーマの質問に、一瞬巴はきょとんとした表情をうかべた後、満面の笑みで答えた。
「お父さん!」
拍子抜けの返答。
安堵したような気がそがれたような、微妙な気持ちをもてあましつつ、巴と共に歩く。
家はもう、すぐそこだ。
「赤月」
「ん?」
こちらを向いた巴の方は見ずに、早口で言う。
「誕生日おめでとう」
せっかくだから、と言い訳にもならない言い訳を口にするリョーマに巴は少し驚いたような顔をしながらも笑って応える。
「うん。……ありがとう!」
――― Happy anniversary ! ―――
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