今日は朝から寒かった。
二時間目あたりから降り始めた雪が、放課後コートにうっすらと積もっているのをみて巴が歓声をあげる。
「わあ、リョーマ君、天野君、雪積もってるよ!」
「本当だね。
……今日はコート使えないかな……?」
「わざわざ言ってくれなくても知ってる。
大体お前雪なんか珍しくないんじゃないの?」
面白くもなさそうにおざなりな返事を返すリョーマをもってしても巴のテンションは下がらない。
「今年の雪は初めてだよ。東京の雪も!」
そう言って雪化粧を施された地面を踏むが弱々しい東京の雪はぺしゃり、と音をたてて簡単に水に戻る。
それでも楽しげに同じ動作を繰り返す巴。
それだけのことがなんで楽しいのか。
そう言わんばかりの表情で寒そうにレギュラージャージの襟をつめるリョーマ。
思わず知らず騎一の頭に童謡が流れる。
イーヌは喜び庭駆け回り〜♪
「多分今日の練習は室内でしょ。戻ろ」
そう言ってネコ、否リョーマが部室の方へと足を向ける。
と、その時巴の元気のいい挨拶が聞こえてきた。
ピクリ、とリョーマの動きが止まる。
「あ、乾先輩こんにちは! 雪ですね!」
「ああ、雪だな」
離れたところから見てもよく判る長身。
今は既に部活を引退しているのでユニフォームではなく制服姿だ。
ちょうど下校ついでに寄ってみたのだろう。
「この分では今日の練習は室内で基礎訓練かミーティングといったところだな。
まあ心配しなくても明日は晴れの確率80%だ」
「そうなんですか? それはそれでちょっと残念です」
「はは、東京ではそうそう日をまたぐほどの雪は積もらないよ。じゃあ」
軽く天野とリョーマの方にも視線をやると部室とは反対方向、すなわち校門の方へと歩を進めていく。
まだ巴に踏み荒らされていない白い地面に、乾の足跡だけが一定間隔で残されていく。
巴がこれから向かうのは部室。逆方向だ。
だけど、一歩二歩、巴は乾の足跡を辿ってみた。
身長が高い分だけ乾の歩幅は巴より広い。
いつもより大きく足を伸ばして、乾の残した足跡の上に自分の足を乗せる。
当然足も乾の方が大きいので靴より一回り大きい跡が見える。
普通に立っているには微妙に不自然な体勢で、なんだかとても幸せそうに巴は笑った。
何も言わなくても、聞かなくても。
その時騎一の目に映った巴はいつもの猪突猛進の元気なチームメイトではなく、一人の恋する少女だった。
「行こう」
足早にリョーマがその場を離れる。
あわてて騎一もその後に続いた。
まだ微かに雪は降ったりやんだりを繰り返している。
人の出入りの多い校舎周りは泥まみれだ。
「……リョーマ君」
「なに」
「ジュースでも飲む? おごろっか」
ただそう言って笑う騎一に、リョーマは苦笑いして答えた。
「……牛乳でいい」
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