「おまたせ―。 じゃ、帰ろっか、リョーマ君」
テニスクラブでの練習後、少し遅れてロビーに到着した巴に、リョーマは努めて自然に話し掛けた。
「赤月」 「ん? なに?」
振り返った巴に、リョーマは小さな包みを手渡す。
「?」 「今日、3月14日だから」
家で渡すとオヤジが好奇心丸出しの目で見ることがわかりきっている。 ちょうとタイミングよく練習に誘ってくれてよかった。 そう、思っていたのだが。
当の巴には意外な反応をされた。
「リョーマ君、別にそんなに気を使わなくてもよかったのに。 ありがとう。けっこう義理堅いんだね」
……え、今なんて? なんで、義理堅いとか言う話になるわけ?
リョーマとしては、気合を入れて渡したプレゼントのつもりだったのだが。 巴には完全に義理と思われている。 っていうかひょっとして、巴がくれたチョコも義理だったの? と急に不安になる。
気付けよ赤月! そもそも、なんで日本は義理なんてややこしい習慣があるんだよ!
などと、日本の風習に心の中で文句をつけても現状は変わらない。 この天然大ボケ娘にははっきり言わないとやはり伝わらないのか。 それが出来たら苦労はしない。
不安材料は星の数ほど。 安心材料は、……たとえ義理だとしても、バレンタインにチョコをもらったのは多分自分だけだということ。 伊達に一つ屋根の下に暮らしてない。それくらいはわかる。 でもそれだけ。
……ああもう。
小うるさくて、ニブくて、お調子者で、負けず嫌いで、イヤになるくらい前向きで。 コイツの何がそんなにいいんだろう。 どうしてコイツじゃないとダメなんだろう。
「リョーマくん? どうしたの」
考え込むように無言で歩いているリョーマを不審に思ったのか声をかけてきた巴を一瞥すると、急にリョーマは彼女の手を取って自分のほうへ引き寄せた。
「え!? リ、リョーマ君?」
そして耳元に顔を寄せる。
「……言っとくけど、 他のヤツに譲る気は全然ないから」
そう、絶対にコイツじゃないとダメだから、他の誰かになんてゼッタイに譲れない。 ゼッタイに手放さない。
そしてまた唐突にその手を放す。
「ほら、さっさと帰るよ」
「え……い、今のって……。 ちょっと、待ってよ! リョーマくん!」
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