『おめでとう』






 何気なく見ると時計の針は短針長針共にほぼ同じ位置に移動している。
 そろそろ寝ようか。
 リョーマがそう考えていた時、部屋の向こうからかすかな鳴き声が聞こえたような気がした。

 カルピンだろうか。
 この時期暖かい寝床を求めてたまにやってくる。
 部屋に入れてやろうと扉を開けて、思わずリョーマは叫び声をあげそうになった。



「……!?」




 扉を開けたすぐ横、そこに毛布にくるまって巴がうたた寝をしていたからだ。
 カルピンはその毛布の中に一緒にもぐりこんでいる。

 もちろん扉の向こうは部屋ではなく廊下だ。
 暖房だって利いているはずがない。
 そんなところにパジャマ姿で毛布一枚ってバカじゃないのコイツ。


 動揺から一段落つくと今度は腹立ちが襲ってくる。
 胸の動悸はまだ収まりそうにない。




「ちょっと」
「…………」


 小さく声をかけるが、反応がない。
 仕方なく軽く肩をゆする。
 意外と華奢だな、とどうでもいいことを思う。


「ん……」
「ねえ、こんなところで寝られると迷惑なんだけど」
「え! リョーマ君!? 私寝てた!?」


 パチリと目を開くとガバリと毛布をはねのける。
 とたんに冷気が身体を襲ってきたのか慌ててまた毛布を巻きつけた。


「いつからお前の部屋、廊下になったの」
「リョーマ君、今何時!?」


 聞いちゃいない。
 それとも寝ぼけているのか。


「……十二時六分だけど」
「あー、寝過ごしちゃったーっ!」
「ていうか寝る時間じゃないの? 昼の十二時じゃないよ」



 頭を抱える巴に呆れながら言うと、巴が首を横に振る。



「そうじゃなくて、日付が変わるのと同時にリョーマ君の部屋ノックしようと思って待ってたのに!」
「はぁ?」



 わけがわからない。
 彼女の行動を把握出来ていないリョーマに、巴はにこりと笑って言った。



「とりあえず、寒いから部屋入ってもいいかな?」
「…………いいけど」



 別に部屋に入られて困るようなモノは何もない。
 モノは。
 リョーマの逡巡など気にする様子もなく、というより気付く様子もなく「おじゃましまーす」と気軽に巴は部屋に入ってくる。
 当然のように一緒に入室してきたカルピンは早々にリョーマのベッドによじ登ると特等席に丸まった。



「で、こんな時間に何」


 不機嫌な顔で言うと、そんなリョーマの様子には構うことなく巴は小さな箱を差し出した。



「リョーマくん、誕生日おめでとう!」
「……え」



 そうだ。
 もう日付が変わってる。
 今日は12月24日、リョーマの誕生日だ。



「去年はすっかり忘れちゃってて、何も用意できなかったから今年は何日も前から準備してたんだよ」
「わざわざ?」
「うん。それで折角だから一番最初にお祝いしたいなぁって思って」
「それで部屋の前で日付が変わるの待ってる間に寝過ごしたの?」
「う……うん。でも一番には変わりないでしょ」


 開き直ったように言う。
 そりゃそうだ。そんなバカな事を考える人間が他にいるわけもない。
 プレゼントを手渡された時に軽く触れた指先は冷たかった。
 毛布一枚じゃ手先足先までカバーできなかったみたいだ。

 バカだ。
 ホントにバカだコイツ。



「……お前ってさ、ホント極端だよね」
「いいじゃん、別に。お祝いしたいなぁって思ったんだから」



 こちらの嫌味も聞き流して笑う巴の顔を見てリョーマもふと気づく。
 そうか、もう24日なんだ。
 目的を済ませたので早々に部屋に戻ろうとする巴を軽く制して椅子にひっかけていた鞄の中に手を入れる。

 あった。

 取り出したそれを、今度は逆に巴の手のひらに握らせる。
 緑のリボンで飾り付けられた小さな赤い包み。



「……何? これ」
「もう24日でしょ。クリスマスプレゼント」
「クリスマスパーティーの分?」
「違う」



 すっとぼけた事を言う巴にはハッキリ言わないと真意は伝わらない。


「プレゼント交換じゃ誰に渡るかわかんないじゃん。これは、お前に買ったヤツだから」
「え! え? 本当に!?」
「そんなくだらない冗談の為に小道具仕込むほど俺もの好きじゃないし」



 他の意味では充分にもの好きだけど、とは口にしない。
 驚いた顔でプレゼントとリョーマの顔を交互に見ていた巴が、少し困った表情で言った。



「でも私、誕生日プレゼントしか用意してないよ?」



 思わず吹き出すと、心外だったのか巴がむっとした表情をする。



「バカじゃないの?」
「ば、バカって何よ!」
「お前と同じ。別にいいじゃん。俺が渡したいって思っただけなんだから」


 そう言うと「ありがとう」と極上の笑顔を返してくれた。
 こんな機会でもなければ渡せなかったかもしれない。


「ほら、もうそろそろ部屋に帰って寝たら? 冬休みだって部活はあるんだし」
「そうだね。おやすみ。あ、そうだ、言い忘れてた」


 左手に毛布を抱え、ドアノブに右手をかけたまま巴がこちらを振り向いた。



「リョーマ君、メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス。……それと、サンキュ」




―― Happy birthday & Merry Christmas !! ――







2012年クリスマスアンケ三位CP。
巴ちゃんは間に合いましたが私は遅刻しました……。
リョマさん、バカバカ言いすぎですw

2012.12.25.

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