とある休日の午後。
自室でゲームにいそしんでいたリョーマは鳴り響く電話のベルの音に、軽く舌打ちをすると立ち上がった。 いつもならば電話が鳴っていても自分の携帯でない限りは自主的に応対しようなどという気はついぞおこらないのだが、今現在自分以外の家族は全て出払っている。 よって、自分が出るしかない。
「はい、もしもし?」
不機嫌を言葉の端に滲ませて電話に出ると、受話器から聞こえてきたのは随分と聞きなれた声だった。
『あれ、リョーマ君? リョーマ君が出るって事はひょっとして今、家に誰もいないの?』 「……赤月、名前くらい名乗ったら?」 『でも、リョーマ君ちゃんとわかってるじゃない』
リョーマは黙って眉根を寄せるが、それを見る人間はいない。
「で、わざわざ出先から家に電話かけてくるなんて、何の用? わかったと思うけど、今家には誰もいないんだけど」
そういうと、受話器の向こう側で困ったような声が聞こえてくる。
『うーん…そうなんだよね。まいったなぁ。 私、カサ忘れちゃって』 「カサ?」
その言葉に、改めて窓の外を見ると、なるほどいつの間に降り出したのか外にはかなり大粒の雨が降っている。 出先で雨に降られて帰られない、というわけか。
『天気予報見なかったから、まさか降るとは思わなくって。 前に奈々子さんとリョーマ君に叱られたばっかりだから走って帰るより電話した方がいいかなあ、って思ったんだけど』
先日、今の季節なら多少降られてもかまわないとの自己判断の元にびしょぬれで帰宅した巴は奈々子の叱責を受け、リョーマにはバカにされたばかりなのである。 基本的に自分自身に無頓着な巴はよくこの手の失敗をやらかすことがある。
『ま、誰もいないんだったらバレないからいっか。 今から帰るから……』
このままじゃ切られる。 コイツまた走って帰ってくるつもりだ。
慌ててリョーマは口を挟む。
「今どこにいるの?」 『え? 青春台駅だけど』
「わかった。今から行くから」 『え、リョーマ君が?』
どういう意味だよそれ。 だいたい家に誰もいないって俺はいるんだから初めから俺に頼めばいいのに。
「来てほしくないんだったら、別にいいけど」 『いや、来てほしい! ほしいけど……珍しいね』
縦のものを横にもしない面倒臭がりのリョーマがわざわざ自分のために出てきてくれるということがなんとも意外だったらしい。
別にリョーマだって自分がこまめなタイプともお人よしだとも思わない。 相手によるだけだ。 これが巴以外の誰かだったらコンビニで傘でも買えば、とだけ言って電話を切っている。
「来てほしいんだったら余計なこと言わない方がいいんじゃない」 『そうだね。ありがとう。待ってるね』
そう素直に出られるとそれはそれで落ち着かない。 と、受話器の向こうで急に巴が妙なことを言った。
『ねえ、リョーマ君とこうやって電話で話してるのって、なんだか変な感じだね』 「は? 何が」
『だって、いつもは直接話してるし、電話で話すなんて事まずないから。 ……なんだか耳元で話し掛けられているみたいな気がして、気恥ずかしいなって』
耳元で、話し掛けられているみたいな。
「……バ、バッカじゃないの? いつまでも話してたら外に出られないし、もう切るよ」 『あ、はーい。じゃあまたあとで』
電話を切ると、出かける支度をする前に冷凍庫から氷を一つ取り出して、顔に当てる。 火照った顔に冷たさが心地いい。
ホント、バカじゃないの、アイツ? ……妙な事言うから、意識したじゃないか、バカ。
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