顔に刺す光にリョーマはしぶしぶ瞼を開く。
なんとなく枕元の時計に目をやると十時。
春眠暁を覚えず、という奴である。
今日は学校も部活も休みなのでこれといって慌てて起きなければならない用事もない。
もう少し惰眠をむさぼろうかとも思ったが、思い直して居心地のよかった布団を後にする。
半覚醒のままダイニングに足を踏み入れる。
「…………」
一瞬感じる違和感。
すぐにその正体に気がついてリョーマは眉をひそめる。
赤月がいないだけだ。
慣れたつもりでいるのに今日みたいに気を抜くと一人欠けた風景に落ち着かない気分にさせられる。
二年になると同時に赤月がこの家を後にして聖ルドルフに転校してから二ヶ月。
たった一年しかいなかったくせに、未だに違和感があるってどういうことだよ。
でしゃばりで、お節介で。
その上勝手で。
人の生活をさんざん荒らしておいてさっさと去っていって。
「んー? リョーマ、今頃朝メシか?」
心の中で悪態を付いていると、頭上から声がかけられた。
「……いいじゃん、別に。
今日は部活もないんだし、人がいつメシ食おうが勝手じゃない?
誰かと違って普段は規則正しい生活送ってんだからさ」
「うっわー、可愛くねぇなぁ。
そんなだから巴にも逃げられんだぜ?」
「赤月がなんの関係があるんだよ!」
思わず声を荒げるが、南次郎は当然柳に風といった具合である。
「お、声を荒げるってことは図星か?」
「……っなわけないだろ」
平静を取り繕おうとするが、南次郎のニヤニヤ笑いは消えない。
……ムカつく。
「まあ、なんにせよリョーマ、
欲しいもんは欲しいって自己主張しとかねぇと後で後悔すんぞ?」
「関係ないって言ってんだろ!」
「あ、巴が来てるぞ」
「え?」
思わず南次郎が見やった方を見る。
「ははははは、引っ掛かったな。
まだまだ修行が足りんなリョーマ!」
その隙に笑いながら去っていく南次郎。
「……あンのクソオヤジ!」
「リョーマ」
「おーい、リョーマ!」
部屋の外で南次郎が呼ぶ声がするが、聞こえない振りをする。
「リョーマ、巴が来てるぞー」
まだそのネタか。
いい加減にしてくれ。
「リョーマ!」
「しつこいっ…!」
怒鳴りつけようとしたその時、リョーマの部屋の扉が開いた。
「あれ、やっぱりいるんじゃないリョーマ君」
ドアの隙間から覗かせた顔。
さらり、と流れる長い髪。
聞き間違えようのないその声。
「…………赤月?」
我ながら、多分マヌケな顔をしてしまった気がする。
それくらい、意外だった。
「なんでお前がここにいるわけ」
「来たら悪い?
いーじゃない、ここは東京の実家みたいなもんなんだから」
「ふーん…」
実家、ね。
そんな風には思ってるんだ、コイツも。
「まあ、今日はリョーマくんとテニスがしたいなー、って思ってきたんだけど。
やっと寮生活も落ち着いてきて余裕ができたし。
どうかな? 都合悪い?」
「……なんで俺と。
もう他校の人間なんだけど」
多少のわだかまりが捨てきれないリョーマがそう言うと、巴はよくわからない、というように首をかしげた。
「別の学校だったら一緒に練習できないの?
私、青学にいた時だっていろんな学校の人と練習してたよ。
べつにどこの学校だって、一緒に練習したい人とすればいいと思うけど」
だから行こうよ、と満面の笑顔を見せる。
……クソ、こいつ相変わらずだ。
「わかったよ。付き合う」
「やったぁっ!
そうこなくっちゃ!」
ラケットを手にして巴のところに行く。
……聖ルドルフに、テニス選手としての赤月は渡さざるを得なかったけど、
赤月個人を譲ったつもりは全然ないから。
まだ負けを認める気もない。勝負は、全然ついてない。
視界に彼女が映るこの風景を諦める気はないから。
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