「おはようございます、桃ちゃん先輩!」 元気よくかけられた声に自転車をこぐスピードを緩めると、並走するように巴が駆け寄ってきた。 今日は、一人だ。 「よ、おはようさん」 「一緒に、学校まで行きましょう!」 笑顔でそう言ってくる巴に異存のある筈もないが、桃城は敢えて意地悪そうににやりと笑う。 「一緒に行きたいのは俺か? チャリか?」 そう言いながらも、巴を乗せる為に自転車を停める。 そそくさと後ろに乗りながら、巴が言い訳のように「え、そんなの両方に決まってるじゃないですか」なんて調子のいい事を言う。 両方、ね。 チャリ、と言われるよりはマシだな、と自分に言い聞かせて自転車のペダルを踏む。 桃城の自転車は荷台もついていなければ、改造もしていないので二人乗り用のステップもついていない。 なので二人乗りをしようと思ったら後部車輪中央の金具に無理矢理足をひっかけて立ち乗りするしかない。 安定が悪いので、自然運転者の肩に置く手に力が入る。 再び自転車が走り出す。 「今日は越前は一緒じゃねーのか?」 巴はリョーマの家に下宿している関係から、二人揃って登校している事が多いが今日は巴一人だ。 またケンカでもしたのだろうか。 「はい、今日はまだちょっと早いですから。 私は桃ちゃん先輩を待ち伏せする為に早めに家を出たんでリョーマくんはまだ寝てました」 「待ってた?」 桃城が家を出る時間は一定ではない。その日の気分と気まぐれでころころと変わる。 なので確実に会おうと思ったら、確かに早めに家を出て待ち伏せをするのが一番だ。 しかしそこまでする理由は? ああ、ひょっとしたらあれか。 桃城がその理由に思い至ったとほぼ同時に、巴が桃城の耳元に顔を近づけた。 「お誕生日、おめでとうございます」 「・・・・・・!?」 一瞬、思考がすべて停止した。 「きゃああああ! 桃ちゃん先輩、前、前!」 「どわぁっ!」 電柱に激突寸前だった自転車が咄嗟のハンドルさばきで危うく激突を免れる。 車輪が大きく斜めに傾いたが、幸い転倒する事もなく。 少し落ち着いてから、二人同時に溜息をついた。 「……あっぶねぇ……」 「もう絶対ぶつかると思いました……桃ちゃん先輩、どうしたんですか?」 「お前が、いきなり……!」 「えー、だって誕生日は産まれたときから決まってて365日ごとに来るんですからいきなりってコトはないじゃないですか」 「そうじゃなくてだなぁ……もういい」 「?」 心外だと言わんばかりにすっとぼけた事を言う巴に、桃城は反論しかけて止めた。 言えるわけがないのだ。 急に近づいた巴に、耳に感じた息に動揺して一瞬意識が飛んだなんて。 気を取り直してまた巴が話題を元に戻す。 「で、誕生日プレゼントですけど、何が欲しいですか?」 「あ? 別にいーよ、んなの」 気乗りしない桃城の返答に、巴は大いに不満そうだ。 これでは誰のために行う事なのか甚だ疑問である。 「ダメですよ! せっかくの誕生日なんですから。 じゃあ……上履きあげましょうか?」 桃城は首をかしげた。 何故上履き。 誕生日にわざわざプレゼントするものが上履き。 『せっかくの誕生日』と言う割には微妙なセレクトである。 「だって、桃ちゃん先輩の上履きぼろぼろじゃないですか。 あんまりにも汚いと女の子に嫌われますよ?」 確かに、活動範囲と運動量の問題か、桃城の上履きの劣化は他の一般生徒に比べて著しい。 しかしそんなところに巴が気がつくと言うのも珍しい。 「お前も気にすんのか、そーゆーの」 「え? 私は朋ちゃんが言っているのを聞くまで気がつきもしませんでした」 やっぱり。 「お前が気にしないんならいいだろ、今のままでも」 「えー、なんでですか? 私みたいなのは例外だって、朋ちゃんも言ってましたよ?」 わかってないなぁ、と巴が言う。 わかってないのはお前の方だろうが、と桃城は口に出さないで思う。 「んじゃまあ、せっかくだし、部活のあとにハンバーガーでもおごってくれや」 「え、私桃ちゃん先輩の胃袋を満たせるほどはお金持ってませんけど」 「バーカ。夕飯前にそこまで腹いっぱいくうかよ」 「夕ご飯も、きっちり食べるんですね……」 「当然だろ。 と、決まればまずは部活だ。今日も全力で行くぜ!」 「はいっ!」 二人を乗せた自転車が、勢いよく校門をくぐっていった。 今日はまだまだ始まったばかりである。 |