Jr.選抜の大会で各優勝選手はU−16の世界大会への出場権を得、オーストラリアに行くことが出来る。
日本代表選手として世界の強豪と戦うことが出来るのだ。
もっとも、それには大前提がある。
「モエりん〜、まさかテニスで勝ったけど試合出れないー、なんてのはナシだよ?」
「わ、わかってますよ! 文法はそんなに苦手じゃないんですよ。ただ、ヒアリングが……」
英会話である。
基本的な英語の受け答えが出来なければ出場資格は取り消される。
たとえ大会で圧勝したとしても、オーストラリアには行けないのだ。
そして日本人の英語教育において弱点とされているのが会話能力である。
英文法がどれだけ出来ていても相手の話していることを理解できなければ、また自分の発音が通じなければ意味がない。
「……おチビに頼むってのはナシ?」
「ナシです」
菊丸の提案を即座に巴は却下する。
通常ならばそれもありだ。
実際試験前にリョーマに英語を教わった事もある。
なんと言っても帰国子女なので英会話などお手の物なのだから。
しかしなんと言っても今回リョーマは敵である。
同じミクスドで出場していたリョーマに頼るのはさすがにためらわれる。
「ナシかぁー。
んじゃやっぱモエりんががんばんないと」
「それはそうなんですけどー……」
机に突っ伏したところで、はっと巴が顔をあげる。
「ん? モエりん、なんかいいアイディア浮かんだ?」
「そうじゃなくて、今気がついたんですけど私にがんばれがんばれ言ってるって事は英二先輩は英語、話せるんですよ……ね?」
「んなわけないじゃんか。俺英語苦手だもん」
言下に否定する。
一瞬、二人の間に沈黙が走った。
ばん、と巴が机を叩く。
「じゃあのんきに私を励ましてる場合じゃないじゃないですか!
英二先輩もそれこそリョーマくんとかに頼むなりなんなりしてなんとかしないと!」
「いやー、それこそ無理でしょ。俺だったら、ぜーったい教えない」
「そうですかぁ?」
「そうだよん」
パートナーを横から掻っ攫って行ったような相手に誰が協力なんてするもんか。
こっちだってプライドにかけても頭は下げられない。
そこらへんの微妙な確執をどうも巴はわかっていないようだが菊丸としては永遠に気がつかないでいてくれたほうが都合がいいのでそれ以上は言及しない。
「だとしたら尚更せっぱ詰まってるハズじゃ……」
「大丈夫大丈夫!」
「その自信、どこから出て来るんですか!?」
「なんとなく通じるもんだって! きっと!」
よくそれで堂々と居直れたものである。
しかしまあその一方で菊丸は確かにどこにいてもコミュニケーション能力は発揮されていそうな気もするのだけれど。
「だって、モエりんがいるでしょ」
「なんですか、それ?」
「モエりんがちゃんと話せるようになるから、大丈夫!」
「なんでそんな丸投げなんですか! 一年に頼るとかどうかと思いますけど。大体一人の時どうするんですか!」
巴のセリフに、菊丸はきょとんと首をかしげた。
こういう仕草が自分より似合うのが巴としては腹立たしい。
あげく口にした言葉がこれだ。
「ずっと一緒でしょ?」
「…………!」
さらっと、さらっと何を。
二の句の継げない巴にニコリと笑って見せる。
「だからモエりん、頑張れー」
無責任に言う菊丸に巴が言い返せたのは、「その理屈、榊コーチに通じるといいですね……」と、結局のところそれくらいだった。
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