桜の花も散り、青葉が繁る頃。やっと新入部員達も部になじみ、新生青学が本格的に始動し始めた。
もうすぐ地区大会も始まる。
去年の全国制覇を一度きりの栄光にしてしまわない為に今年も更なる努力を重ねなければならない。
そんな初夏のある日。
「赤月先輩、部長ずっとダブルス組んでるって本当なんですか?」
巴は一年生部員にそんな質問を投げかけられた。
やっと『先輩』という呼称にも慣れてきた。
ちなみに『部長』というのはもちろん手塚のことではなく現在の部長、海堂の事である。
巴は去年一年、いやこの春まで、地区大会から全国大会、そしてJr.選抜までずっと海堂とペアを組んでいる。
しかし、質問の意図がつかめない。
「うん、それがどうかした?」
首をかしげる巴に、言いにくそうに下級生は口を開く。
「恐くないんですか?」
「恐い? 海堂部長が?」
「なんで?」
「なんでって……」
きょとんとした様子の巴に焦れたように後輩は言葉を続けようとしたが、それはかなわなかった。
「赤月、何ムダ話してる! 一年もだ、お前らグラウンド十周行って来い!」
噂の張本人、海堂の低い声がコートから響いた。
話していた内容が内容だっただけに一年生は飛び上がらんばかりの驚きようである。
「すいません! 赤月グラウンド行ってきます!」
「すいませんでした!」
巴に続いて走りながら、後輩の一人が恨めしげな口調で「ほら、やっぱり恐いじゃないですか」なんて事を言うが、やっぱり巴にはピンと来ない。
今だってわざわざ巴だけを名指しにしたのは慣れていない一年を名指しで叱責したりしたら萎縮するからだ。
確かに愛想はないし目つきも悪いけど、恐いってのとはちょっと違う。
入部したての時は恐かったのかな、と考えてみるが思い出せない。
「十……っと、終了!」
そんな事を考えながら走っていると十周なんてあっという間に終わってしまう。
一年生達はまだ走っている。
もともと山育ちで持久力はあったのに加え、この一年鍛えられている巴にとっては軽いものだ。
「赤月」
「あ、海堂部長、ランニング終わりました!」
敬礼しながら言うと、「判ってる」と海堂は巴をコートの端に連れ出した。
ラリーでもするのかと思ったが、どうも様子が違う。
「今度の地区大会だが」
「はい」
「……竜崎先生と相談した結果、今回は様子見に変則的なオーダーを組む事になった。だから」
だから、お前は別の選手とペアを組む事になる。
「わかりました」
想定はしていた。
そもそも一年前の地区大会も同じような理由で非レギュラーの自分が試合に出られる事になったのだ。
色々な可能性を試すには地区大会は絶好の機会だ。
先に進むにつれ、そういった試験的行為は即自殺行為に繋がってしまう。
団体戦なのだ。ワガママを言うわけにも行かない。
「ちょっと残念ですけど」
「……まあ、もっと他に赤月と合うヤツがいるかもしれねぇしな」
「それはありませんよ」
「なんでだ」
ボソリと海堂が付け足したその言葉を巴は言下に否定した。
怪訝そうに問い返す海堂に、巴は笑顔で断言する。
「海堂先輩以上のパートナーなんていません」
キッパリと告げる。
「そんなわけないだろうが……そもそも俺以外と殆ど組んだことがないだろうに」
「それですよ!」
「は?」
「初めて組んだ相手が最高のパートナーだなんて、すごいですよね!」
二の句が継げず、海堂が黙る。
呆れられたんだろうか、と慌てて巴は補足を入れる。
「あ、もちろん私にとって海堂部長が、の話ですよ。
そもそも海堂部長は元々シングルスプレイヤーですもんね……やっぱり、今年はシングルスに戻るんですよ、ね」
いくら自分にとって最高の相手でも、相手にとって自分がそうかというのは全くの別問題だ。
あげく去年は一年間自分の相手をさせてしまったのだから、海堂にとって最後の年である今年はシングルスに専念していたとしても不思議はない。
自分で言いながらその可能性に気がついて語尾が小さくなる。
しかし。
「俺は……お前がいいんなら別に」
「え?」
聴こえなかったわけじゃない。
けれど、もうちょっとハッキリと確信的な言葉が欲しくて聞き返した巴だったが、さすがにそれは叶わなかった。
「……ラリーすっぞ。コート入れ」
「はーい」
ようやっと罰則ランニングを終えた一年生達が弾む息を抑えながら帰って来たころには、二人はコートでラリーを開始していた。
「やっぱ普通じゃないわ……赤月先輩も」
「だからこそ、部長とペアなんだろ」
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