青春学園の図書室の蔵書量はなかなかの物である。
が、それ故の問題点もある。
図書室の面積に対して多すぎる本。
結果背の高い本棚が設置されているのだが、これがくせもので最上段に仕舞われた本は中々手にとるのが難しい。
当然小さな踏み台が用意されているのだが、生憎今は別の誰かが使用中だ。
一生懸命背伸びをして手を伸ばしたらギリギリ届くかもしれない。
そう思って挑戦してみた巴だったが、本の背表紙に触れる事は出来ても、それを引き抜く事は思った以上に困難だった。
あと少し。
あと少しで……。
そう思いながら不安定な体勢で手をバタバタさせていたところ、不意に巴の目的の本が背後から伸ばされた別の手で引き抜かれた。
「ちょ……! 」
明らかに今自分が引き抜こうとしている本を横取りするなんて、と相手に文句を言おうと振り返った巴は、目の前至近距離につき合わされたその相手に驚いてそのままバランスを崩して転びそうになる。
床にしりもちをつく直前、背中を支えられた。
「大丈夫か?」
「…………いっ、乾先輩っ!?」
腰が抜けるかと思った。
しかしとりあえず足は立つ。
そして自分が乾の左腕に支えられっぱなしな事に気が付いて慌てて体勢を立て直す。
片腕一本では易々と支えられるほど自分は軽くないはずだ。
「す、すすすすいませんっ!」
「俺は別にかまわないが、ここは図書室だぞ」
言われて口を噤む。
恥ずかしい。
こんなことならおとなしく踏み台が空くのを待っていればよかった。
と、うつむいた巴の目の前にすい、と一冊の本が差し出された。
「え……?」
「この本が取りたかったんじゃないのか?」
その言葉に乾が先ほど巴を支えていたのとは反対の手、右手に持った本を見る。
確かに、そのとおりだ。
さっき、巴がどんなに頑張っても引き抜けなかった本。
それをよこからアッサリと乾が引っ張り出した本。
「そうですけど……ありがとうございます」
「?」
ぶすっとした顔で本を受け取った巴に、不思議そうに乾が首をかしげる。
「どうかしたのか?」
「別に、なんでもないです」
もう一度頭を下げて本を持って貸し出しカウンターに向かう。
「どうかしたのか?」
図書室を出て廊下を歩き出した巴の後ろに続きながら、再び同じ台詞を乾が言う。
早足で歩きながら、巴もまた同じ台詞を言う。
「別になんでもないです。
どうしてついてくるんですか先輩」
「どうしてと言われても、俺もお前も今からテニス部のミーティングに向かうのだから行く先は同じだろう」
そのとおりである。
「俺がさっきの本を取ったのがそんなに気に入らないのか?」
乾の台詞に、ピタリと巴の歩みが止まる。
振り返って乾を見あげた顔は『なんでもない』どころか不機嫌そのものである。
「……私がどんなに頑張っても取れなかった本を、乾先輩は背伸びもしないで取るんですね」
「当たり前だろう、それは。
お前の身長は163cm。俺は184cm。
20cm以上違うんだから差が生じて当たり前だ。そんなことで怒られても困る」
それはわかってる。
自分が今子供みたいに拗ねているのだということだってわかっている。
乾を困らせているという事だってちゃんと理解している。
わかっているけれど、悔しいのは悔しいのだ。
どんなに背伸びしても無理だったのに、乾はアッサリと苦もなくそれをやってしまうのだから。
「怒ってるんじゃ無いです。悔しいだけです。
……あーあ、私ももっと大きければよかったのに」
「これ以上か?」
呆れたように乾が言う。
巴の身長は中学女子の平均を大きく上回っている。
背が高すぎて悩むというのならまだわかるがこれ以上高くなってどうするというのか。
「だって、もっと背が高ければさっきだって乾先輩に迷惑をかけないで済んだし、
テニスだってショットの威力がもっと増すじゃないですか」
「身長が伸びればイコールテニスの技術が上がるわけではないぞ。
氷帝の鳥取の例などは典型的だろう」
冷静な乾のコメントに巴は唇を尖らせる。
そんなことは巴だってわかってる。
鳥取程の技術がないからせめて体格があれば、と思うくらいはいいんじゃないだろうか。
せめてもう少し。
もう少し頼りきりじゃない自分になりたいのだけれど。
「牛乳飲んだら、背が伸びますか?」
「一概には言い切れないが……どこまで高くなりたいんだお前は」
「それはもうできる限り……ただ、183cmよりは下で」
その言葉の意味を図りかねた様子の乾ににやっと笑うと巴は勢いよく鞄を振ってまた先を歩き出した。
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