晴天の休日、不二は広い公園を歩いていた。
散策ではない。
迷うことなく真っ直ぐに彼の足は公園の一角にあるテニスコートに向かう。
ここでは新人戦の真っ最中だ。
各校の選手が試合前のウォーミングアップをしていたり、他校の観戦をしたりしているが、観覧席は不二の記憶の中にある姿より、少し閑散としている印象だった。
無理もない。
不二の脳裏に浮かぶ観覧席は、全国大会決勝の時の熱狂の渦の中にあったあの時の様子が最後なのだから。
そして、その記憶の中の不二はここではなく、コートの中にいた。
青学のレギュラージャージを身にまとい、手にはラケットを握り締め。
そして、その横には――
試合開始のコールで我にかえる。
大概の学校は夏の大会で三年が引退しており、この新人戦が新しいメンバーでの初の公式戦だ。
今まで主戦力を担っていた三年を失った事によってガラリとその勢力図を変えてしまう事も少なくない。
さて、我が青学は。
正直な話その点の心配は不二は全くと言っていいほどしていない。
すでに何度か試合経験を積んでいる選手も一人二人ではないし、何より後輩の実力はよく知っている。
予想通り新人戦程度で揺らぐような事はなく、青学は順調に勝ち星を挙げていく。
ミクスドの試合が始まった。
コートの中では巴がパートナーと共にボールを追いかけている。
こちらもやはり危なげない試合展開だ。
ペアの息も合っている。
初めての試合の時は、サーブも覚束なかったのに。
地区予選で不二が巴と組んだ時は、確実に彼女はお荷物だった。
ラケットを握ってまだ間もなかったのだから無理もない。
経験を積ませるのが目的だったとは言え、少し時期尚早だったのではないかと思ったくらいだ。
尤も、後になるにつれ対戦相手のレベルも上がっていくことを考えるとあそこで彼女をレギュラーに抜擢した竜崎監督の判断は正しかったのだろうけど。
ことあるごとに不安そうに不二の顔色を伺っていた。
そのくせ、ペース配分も何も考えず常に全力で突っ走る。
イノシシ娘とは誰が言ったのやら。
見るからに初心者だったあの頃とはもう違う。
テクニックも格段に上昇し、勢い任せのプレイは減った。
パートナーの足を引っ張ることも、ない。
それは喜ばしいことの筈なのだけど。
視線の先ではウィニングショットを決めた巴がパートナーとハイタッチを決めている所だった。
「お疲れさま」
「あ、不二先輩! 観に来てくれてたんですか!?」
「まあね。優勝おめでとう」
試合後、不二の姿を見つけて駆け寄ってきた巴に不二は微笑んでみせる。
試合が終わったばかりだというのに元気だ。
それだけ余裕があったのかもしれない。
「どうでした?」
「うん、夏からも練習をさぼってなかったのがよくわかるプレイ内容だったと思うよ。ミスショットも格段に減ってたし。けど……」
「けど?」
言い淀んだ不二の表情を巴は不安そうな顔で伺い見る。
そういえば、試合後に反省会をしたときもよくこんな表情で自分のことを見ていた。
「いや、モエりんに何か問題があったわけじゃないよ」
「えーじゃあなんですかいまの『けど』って!」
「つまらなかったな、って思っただけ」
「……つまらなかった?」
今度は小首を傾げる。
こうして少し会話をしているだけでもころころと表情が変わるので、つい苦笑がもれそうになる。
「うん。
なんで僕が一緒に試合をしてるんじゃないんだろうって」
「それは……不二先輩はもう引退しているからしょうがないじゃないですか」
「まあそうなんだけどね。
それでも。僕は自分で思ってたより独占欲が強いみたいだ」
本当に。
次に一緒に公式戦に出られるのはいつなんだろう。
同じ高校に入ってまたペアを組んだとしてもまた半年足らず。
それまでの間ミクスドの彼女は誰か別の人間とペアを組む。
自分の与り知らぬところで実力をあげて行く。
そんなわかりきっていたことを目の前にするとこんなに動揺すると思わなかった。
「……私、高校に入ったらまた不二先輩がペア組んでもいいって思ってくれるくらいになるように頑張ってるんですよ」
不二の内心をどこまで解っているのか、そう言って巴は笑った。
もう一度ペアを組めるようになるまで。
随分先の話で、その間一緒にペアを組む相手との方がきっと期間は長い。
心変わりをしないなんて言い切れない。
テニスでも、それ以外でも。
そう考える自分が不二は時々嫌になる。
「そうだね。じゃあ僕も頑張らなくちゃ」
だからそんな自分は絶対に見せない。
もし奪われたなら取り返せばいい。
譲りたくない物があるのなら、誰にも負けないように強くあればいい。
ねえ、知っている?
キミが僕に追いつきたいと思っているそれ以上に、僕はキミの遥か上にいたいと必死なんだよ。
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