最後の贈り物






 青学の夏合宿も、半ばを過ぎ終わりが見えて来た。
 ハードな練習にも誰一人脱落することなく選手達はついていき、着実に成果をあげつつある。



 そう、一見すると何の問題もなく順調に。



「……まさか本当にそう思ってるわけじゃないだろ?手塚」

 そう、口火を切ったのは不二だった。
 手塚はゆっくりと目線を上げ、不二を見返す。

 消灯時間は過ぎている。
 誰かに二人の話を聞かれる心配は少ない。




「赤月か」



 この春テニスを始めたばかりにも関わらず、レギュラーの座を射止めたミクスドのルーキー。
 初心者だけあって今が一番伸びる時期だ。
 成長最も著しい選手の一人と言える。

 が、不二と手塚の表示は浮かない。

「その反応からすると、彼女はもっとこの合宿で成長していてもおかしくない、そう思うのは僕だけじゃなかったみたいだね」
「ああ。
 無意識のうちに自分に限界を設けているように見える、な」


 これまでの目を見張るような成長ぶりに比べて、明らかに停滞が感じられるのだ。
 他の選手と比較するとその伸び具合は劣るものではないので目立ちはしないが、まだ限界にはほど遠いというのに。

「彼女が怠けているとは思わない。
 けれど、どこか甘さがあったのは確かだね」



 今まで、必死に周りに追い付こうとしていたのが、少し落ち着いて、全国大会のレギュラーの座も確保した。
 それによる気の緩みがなかったとはいえない。


「……それは否定しない。
 だが、問題視するほどのレベルとも思えないが」


 伸びてはいるのだ。
 余計な事を言えば、却って逆効果になりはしないだろうか。

 手塚は慎重だ。

 何せ、前例がない。
 四月にテニスを始めてから四ヶ月弱。ここまで急激な成長を見せた選手は、他に見たことがない。
 だからこそ、手塚にはわからない。
 ここまでが異常なのだから。
 結果、彼が選び取った結論は静観だった。 



「そう。……じゃあ、僕が個人的に口を出すことはかまわないかな」



 不二の言葉に、手塚が顔をあげる。
 無理もない。
 彼が後輩の育成にそこまで口を出したことはない。
 まして、手塚の出した結論に異論を挟むことなど。


「ダメかな」
「いや、不二、お前がそこまで言うのなら俺は口出しをするつもりはない。ただ……」
「ただ?」



「……何を、焦っている?」



 不二は返す言葉を持たなかった。
 手塚も、それ以上追及するつもりはないのか、何も言わない。



 焦っている。
 そうだ。
 もう、全国大会はすぐ目の前にある。
 この大会が終ってしまえば、もう三年は引退だ。
 そうすれば、自分はもう彼女には何もしてやることはできない。



 しばらくの沈黙の後、その場を立ち去ろうとする不二の背中に、ただ一言手塚が告げた。


「言わずともわかっているだろうが、この合宿が終れば全国大会は目の前だ。
 それだけは、忘れるな」


 念押しのようなこの言葉に、不二は振り返らずに答えた。


「うん、わかってる。
 心配しなくても、君の大切なパートナーを壊してしまうような真似は、しないつもりだよ」



 それだけを告げると、早々にその場を立ち去った。


 そう、わかってる。
 だからこその、焦燥。
 期待なんてされていない。
 一方的なエゴだって、わかってる。
 けれど、自分にできる限りのことはすべて彼女に与えてあげたい。

 それをしたところで、自分になにか見返りがあるわけじゃない。
 なのに、どうしてこんなにどうしようもない気分に襲われるんだろう。


 ともにコートに立つこともない。
 部活と言う枠から外れてしまえば、接点すら失ってしまうかもしれない君に。
 どうしてこんなに執着してしまうんだろう。


 見返りを求めない、無償の行為は尊いなんてことない。
 今の自分はきっと醜い。
 『君のため』なんて嘘だ。
 ただの押し付けに過ぎないって、頭の中ではわかってる。


 なのに、なのに。
 どうして。



 部屋に戻る前に、手洗い場で乱雑に頭から水をかぶった。
 夏の夜は暑く、生ぬるい水で濡れた肌を冷ますような風はそよとも吹かない。


 煮詰まった頭を冷ましてくれるものは、何もない。



 答えの出ない、もてあまし気味の思いの行き着く先も、また、見つからなかった。  







別に何か私生活で嫌なことがあったわけではないですよ。
こういう根暗い話を書くのも好きです。
たまにかきたくなります。ごめん不二。
しかし合宿最終日の不二は唐突に怖かったですよね……巴ちゃん、女の子なのに!

2008.11.30.

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