まだまだ寒い。
なのに今日、家を出るときに木の枝の先に小さく新芽が出かかっているのに気が付いた。
もう春は、確実に近づいている。
気温が緩むのも時間の問題だ。
例年なら、心が浮き立つ季節である。
けれど、今年に限ってはそうはいかなかった。
春が来る。
それは卒業式が近づくということだ。
もう、校舎のどこかで姿を見かけることも、声をかけられることも無い。
朝、登校途中に後姿を捜しても見つけられない。
学校という敷地の中で、姿を見ることは、もう、なくなってしまう。
ずっと前からわかっていたことなのに、胸が締め付けられるほどにそれが寂しかった。
「先輩はもうすぐ、卒業ですね」
一人佇んでいた後姿に向かってそう言うと、少し微笑んで此方を向く。
このコートで姿を見なくなってから随分になる。
そのことに、中々慣れなかった。
けど、それはただ、そこにいる事が当たり前だと思っていたからだと、そう考えていた。
ふとした瞬間に、姿を探している自分に気が付いて、そして胸に空いた穴に気が付く。
それはとても単純な、明快で、しかし整理のつけられない想い。
「うん、まだ実感がわかないけどね」
「そうなんですか?」
「ああ。
放課後になるとコートに向かいそうになる。
引退したんだって、最近になってやっと身体が認識したかな」
冗談なのか、本気なのか。
引退してからだともう半年近くになるのに。
休息日である今日、コートに部員達の姿はない。
「このコートにいたのは二年半、キミと一緒だったのはさらに短い半年間だったんだよね。
けど、もっとずっと長い時間キミとここにいたような気がするな」
半年。
たったそれだけだったのかと驚く。
あまりに色々な事がありすぎて、思い出がありすぎて。
けれど、それはたった半年の間のことだったのかと。
このコートに一緒に立つのは、これが最後かもしれない。
そう思うと、自然に口から言葉がついて出た。
「ねえ、先輩」
「ん?」
「私、ずっと先輩のこと、好きだったんですよ。知ってました?」
少しの沈黙の後、ただ彼は「そっか」とだけ言った。
答えを求めての言葉じゃない。
だから、それで構わない。
「あ」
フェンスの隅に、拾い忘れられたボールが一つ。
あとで見つかると、部長に怒られること必至なので慌てて拾いに行く。
ボールに向かって手を伸ばすと、横から伸びてきた手に奪い取られる。
目が、合った。
ボールが手渡される。言葉とともに。
「ボクも、ずっとキミの事が好きだったんだよ。知ってた?」
髪をなびかせた風には、もう刺すような冷たさはなくなっていた。
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