月一回のランキング戦。
その結果によって青学のレギュラーが選抜されるのは知られた話である。
各グループに振り分けられ、その数人との試合で運命が決定づけられる。
今までの成績はまったく考慮される事はない。
たとえ公式大会で全勝していたとしても、このランキング戦で負けを重ねてしまえばあっさりとレギュラーの座から振り落とされるのだ。
そう、今の巴のように。
「運が悪いよな、アイツ」
そう、誰かが言っているのが不二の耳に入る。
確かに今月の巴は不運というよりなかった。
ランキング戦の対戦相手は全員レギュラー。
全グループ中でも一番の激戦区。
試合開始前から巴に向けられる視線は同情のこもったものが多かった。
彼女もレギュラーだとは言え、桃城・海堂・小鷹の三人と比較するとどうしても力不足の感が否めない。
それでも、巴は健闘した。
すべての試合を接戦に持ち込み、善戦した。
しかし、それでも、どれだけ内容の良い試合でも、負けは負けなのだ。
「ありがとうございました!」
最後の試合を終え、挨拶をすますと巴は軽く空を仰ぐ。
5月に突発的に選抜されて以来、三ヶ月守り抜いたレギュラーウェアを脱ぐ事が決定した瞬間だった。
泣くのかも知れない。
だが、予想に反してコートから下がってきた巴は苦笑を浮かべていただけだった。
「あはは、やっぱりダメでしたー」
「やっぱりってなんだよ赤月」
誰かが発した言葉に巴はおどけた素振りで唇をとがらせる。
「だって、今回はしかたないですよ。運が悪すぎます。
あんな強い人たちばっかりと当たって勝てるワケないじゃないですか」
耳を疑った。
まさか彼女がそんな考え方とは思わなかったからだ。
誰が相手だったにせよ敗北をこんなにもあっさりと受け入れるなんて。
「あ、私もうレギュラー落ち決定なんですよね。ウェア着替えてきます」
「モエりん、別にそんなにすぐ着替えなくたって……」
「ううん、結果は一緒なんだから、先に返しちゃうよ。じゃ!」
そう言って那美に手を振ると更衣室へ駆けていく。
その姿を複雑な心境で不二は見送った。
自分の買いかぶりだったのかも知れないが、自分と違い巴はもっと勝負に執着しているものだと思っていた。
ましてや今日のランキング戦は全国大会のレギュラーの座がかかっていたのだ。
それなのに。
ひとつため息をつく。
気にするのはよそう。
自分の試合はまだすべて終了してはいない。
そう自分に言い聞かせてラケットを手にとったが、ふいにガットが緩んでいるような気がして気になった。
部室にまだ予備のラケットがあった筈だ。
そう思い、部室に向かった。
扉を少し開いて、不二は思わず動きを止めた。
2年3年は試合の為に、そして1年もその観戦の為に出払っている部室。
その中で、巴が一人、そこにいた。
既に所有者としての権利を失ったユニフォームを胸に抱き、声をあげて、泣いていた。
さっきまでの様子が嘘のように。
彼女はまだ自分に気づいていない。
不二は音をたてぬよう細心の注意を払いつつそっと扉を閉めた。
まだまだ自分の試合までには時間がある。
それを確認するとしばらく部室の外で立っていた。
きっと誰にも知られたくないだろうから。
そう、自分もまた、彼女の領域に踏み込める権利をきっと持っていない。
それは寂しいけれと確かな事実だ。
少しして、室内が静かになった気配を感じるとわざと物音を立てた後に再び扉を開く。
「あ、不二先輩! どうしたんですか?」
今度聞こえてきたのは明るい巴の声だった。
何も知らずにいたら騙されたかもしれない。
「うん、予備のラケットを取りに、ね」
「私はウェアを返しに」
と、部室の机の上を指差す。
ランキング戦ごとにレギュラー落ちした選手のウェアは一度返却され、クリーニングに出された後新たなレギュラー選手に渡される。
なるほど、確かにオレンジのユニフォームは丁寧に畳まれてそこにあった。
「不二先輩、これから最終試合ですか?」
「うん。応援に来てくれる?」
「はい!」
不二の言葉に元気よく返事を返すと、共に部室を出る。
薄暗かった部室から明るい空の下に出てしまうとやはり彼女の目が少し赤いのがわかったが、不二は気づかないフリをした。
代わりに伝えた言葉。
「モエりん」
「はい、なんですか?」
「キミはきっとこれから強くなるよ。今よりも、ずっと」
巴にとっては唐突な言葉だったろう。
一瞬きょとんとした表情をみせたがすぐにそれは力強い笑みに変わった。
「はい、もちろんそのつもりです!」
そう、きっとキミは強くなる。
それは慰めではなく確信。
今日泣いた分だけ、笑うことができる。
願わくば、その時こそは一番近くにいて感情を分かち合いたいけれど。
そんなことを思いながら、不二は巴と肩を並べてコートに戻った。
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