「とりあえず、今日はこの辺にしとこうぜ」 「……順調とは言いがたかったですよね」 「だから、俺もあんま得意じゃないって言っただろ」 「うう〜」 ファーストフード店の一角。 教科書とノートを広げたテーブルの上にぱたりと巴が突っ伏した。 まだ少し追いこみには早いが、来るべき期末試験に向けての勉強中という訳である。 科目は数学上だが二人で額を付き合わせてああでもないこうでもないと検討しながらなので効率が良いとは言い難い。 「まあでも、一人でやるより理解はしてると思うんですけど」 裕太も別に勉強が出来ない訳ではないが、何せ一年前に習ったところだ。しかも青学と聖ルドルフでは教科書も違う。 多分観月なら楽勝なんだろうな、とは思うが。 「つーかお前、自分で言うほど数学苦手じゃないよな」 得意じゃないので一緒に勉強してほしい(思い起こすとそもそも初めから教えてくれとは言われていないようだ)、と頼まれてスクールの帰りにこうして例題を解いている訳だが、さっぱりわからない、という風ではない。 若干解を求めるのに時間はかかるが計算誤りも少ない。 「苦手じゃない、程度じゃダメなんですよ。 理数系を落とす訳にはいかないんですから」 そう言いながら巴がテーブルから顔をあげる。 何かそんなにこだわる理由あったかな。 「スポーツドクターになるには理数系は必須でしょう?」 「ああ……そっか」 うっかりしてた。 そういえば巴にはそんな夢があるんだった。 出会った当初の頃から聞いてはいたけれど、ちゃんと彼女はその夢を実現する為に努力しているのか。 頷きつつも、少し裕太は複雑な気分になる。 そうか。巴は、ずっとテニスをやるわけじゃないんだ。 テニス部の連中だってこれから先ずっとテニスをやっているとは限らない。 むしろ何年かすればやめてしまっている割合の方が高いのかもしれない。 それが巴の場合確実であるだけだ。 「そういえば、裕太さんは将来の夢ってなんですか?」 「え? 俺?」 ノートをカバンに仕舞い込み、端に避難させていた紅茶を手に取りながら何気なく巴が訊いてくる。 そんなものもうずっと改めて考えた事もない。 「そりゃ……」 開きかけた口が途中で止まる。 『テニスで兄貴を倒す事』『兄貴のようなプレイヤーになること』 それは目標ではあるけれど、夢と言ってしまうのはちょっと違う気がする。 「えーっと……」 「あの、別にそんな考え込むくらいなら無理して考えるようなことでもないんじゃ」 「いいからちょっと待てって!」 夢。 夢。 ふっと浮かんだものがないわけでもない。 巴と、ミクスドで頂点に立つ事。 けれどその夢は、口に出せない夢だ。 聖ルドルフと青学に別れている上に、巴はいずれテニスから離れて行ってしまう。 ずっと一緒にペアを組めるわけじゃない。 だから、余計な事を言うと巴を困らせるかもしれないから、その夢は口にしない。 巴の見ている夢は、自分とは違う方向に向かっている。 じゃあ、それは決して交じる事がないんだろうか。 「……プロ」 「プロテニスプレイヤーになることですか?」 「プロになって、海外のトーナメントとかで勝ちあがって……そんで、トレーナーはお前で」 スポーツドクター兼トレーナーになった、夢を叶えた巴が横にいて。 「そういうのが、いいな」 「……裕太さん」 考えるままにつらつらと言葉を重ねていた裕太が巴の声ではっと我に返る。 なんだか随分図々しい事を言った。 しかも自分の夢の話なのに当然のように巴も混ぜ込んで。 「いや、あの、今のは別に」 「いいですね、それ!」 「え?」 言い訳をしようとしてた手が止る。 巴が嬉しそうに目を輝かせて裕太を見ていた。 「私も、それがいいです! そうしたら、別の道に行っててもずっと一緒ですよね」 自分が言い出した話だけれど、巴の言葉に虚を突かれる。 手元に持っていたココアを一口、口に含む。ココアはすっかり冷め切ってしまっている。 違う方向に進んでいても、見る夢は同じ。 うん、確かに悪くない。 |