合宿も初めの中日を過ぎて終わりが見えてくると、部屋の雰囲気も随分初日とは変わってきている。 初めはやはり(一部を除いてだが)親しくもない他校の選手同士、しかし試合ではよく顔を合わせる相手とあって若干の居心地の悪さがあった。 が、さすがに連日同じ場所で共に練習漬けの日々を送っていれば嫌でも馴染む。 よって、現状宿舎の中の居心地は学校の寮とさほど大差ない。 いや、掃除当番等がないので寮よりさらに気楽かもしれない。 そんな気の置けない部屋で、夕食後に雑談をしている時のことだった。 別に実のある話をしていた訳ではないので、どこからそんな話題に移ったのかはわからない。 なんとなく自然にそういう話になっていた。 曰く、 『選抜選手女子で一番可愛いのは誰か?』 である。 当の女子達の耳に入れば顰蹙ものであるが、この時間ともなると男子宿舎の方へ女子選手が立ち入ることは禁止されている。 よって声高に何を言おうと問題ないわけだ。 聞いていると、やはり男子選手と同じメニューをこなしているので身近なのか、ミクスド選手の名前が多い。 中でも氷帝の鳥取、不動峰の橘あたりの名がよく挙がる。 と、不意に一人が会話に参加していなかった一人に訊ねた。 「お前は?」 触っていた携帯を閉じ、不機嫌そうに顔をあげたので、くだらない話題には参加しないのだろうと思いきや、あっさりと口を開く。 「……赤月」 「赤月?」 思わずおうむ返し訊ねた裕太に、相手は構わずまた視線を携帯に戻す。 「ああ赤月ね。彼女も結構いいよな」 「うん、俺も赤月かな」 あっさりとした賛同の言葉に、再び驚く。 裕太にとっては意外極まりない解答だったのだけど、周りにとってはそうではないらしい。 改めて巴の顔をイメージしようとするが、上手くいかない。 あいつってそんな可愛い顔してたっけ? そんなことを考え込んでいた裕太にも白羽の矢が当たる。 「なあ、お前は?」 突然思考を中断されたので咄嗟には答えが出てこない。 「俺は……」 「すいません不二さん、遅れました!」 視界の向こうから全速力で巴が駆けてくるのが見える。 と、思う間もなくあっという間に目の前に現れると、大声で謝罪の言葉を言いながら頭を下げる。 「夢見が悪くってですね。 まだ早いしちょっと寝なおそうかなー、とか思ったら今度は寝過ごしちゃいまして……」 またすぐに顔をあげる。 体の動きのスピードについていけない長い髪がワンテンポ遅れて巴の背を叩く。 体裁が悪いのか、こめかみのあたりをかきながら苦笑する。 しばらくすると、困ったようにこちらを見あげてきた。 「あのー……怒って、ます?」 「へ?」 その言葉に裕太はようやく我に返った。 見ると、巴の眉は下がりきっている。 「や、怒ってない! ちょっとぼーっと考え事してただけだ!」 「本当ですか? だって、さっきからずっと黙ったままで私のこと睨みつけてたから……昨日も迷惑かけちゃってますし……」 「昨日のことは関係ないって! ただ」 「ただ?」 「なんでもない!」 「?」 慌てて両手で口を塞ぐ。 改めてじっと巴の顔を眺めていた理由なんて言える筈がない。 「と、とにかく、練習始めるぞ!」 「……? はい」 釈然としない表情ながらもラケットを握り締めて巴がコートの反対側へ向かう。 そうだ。 ここへはテニスをしに来ているんだから、とりあえず他の事は忘れよう。 それ以外の事は、あとで考えればいい。 他の誰かが巴を「女の子」として見ていることに対する動揺も。 自分がこいつをどう思っているかなんてよく考えた事もなかったのに、『可愛い』という単語がどうしても馴染まないくせに、昨日訊ねられたときに頭に浮かんだのは巴だけだったことも。 一度に二つのことを抱えられるほど器用じゃないから、とりあえず今は、大会が終るまではテニスのことしか考えない。 けど、テニスのことにしてもどうあっても巴は関わってくるんだけどな。 方向性は違っても。 曖昧な気持ちと一緒に、裕太はテニスボールを高く放り投げ、ラケットで打ち込んだ。 |