巴が難しい顔をしながらノートパソコンの画面を凝視している。 横目でその様子を眺めていた観月は手をのばし、彼女の眉間に軽く触れた。 「眉間にシワが寄ってますよ」 「う……」 自覚してはいなかったのだろう。 慌てて両手を眉に当てる。 「何かおかしなところでもありましたか?」 彼女の見ていた画面を横から覗き込むと、巴が慌てたように否定する。 「あるわけないじゃないですか! びっくりするくらい正確ですよ!」 巴がノートパソコンで見ていたのは、観月が今までに纏め上げた聖ルドルフの部員のデータである。 どれほど親しくとも、青学のテニス部員である巴にはさすがに見せる事が出来なかったそれも、彼女が聖ルドルフに転校してきた今はこれを見せる事に躊躇はない。 数年がかりでまとめたものだ。 それも他校部員のではなく自分の学校の普段見ている部員のデータ。 巴にはああ言ったが不備のあろう筈もない。 「まあ、そうでしょうね。じゃあどうしてそんな顔をしているんですか」 「……私が何か役に立つ余地なんてないんじゃないんですか」 「おや、そうですか?」 話しながらティーポットにお湯を注ぎ、あらかじめ温めておいたカップをテーブルに置く。 万が一の事があってはいけないと思ったのだろう。巴はすぐにパソコンを閉じた。 「観月さん、前に私にブレーンになって欲しいって言ったじゃないですか」 「言いましたね」 「こんなに完璧なデータを持ってる観月さんに私なんか必要ないじゃないですか」 拗ねたように言う巴の前に紅茶を出す。 冷めないうちに、と促され一口それを口に含んだ巴の表情から力が抜けたのを観月は確認した。 今日の紅茶は会心の出来だ。 「データはただの情報にすぎませんよ」 「え」 まさか観月がそんな事を言うとは思わなかったのだろう。きょとんとした顔でこちらを見る。 ある意味予想通りの反応に観月は苦笑する。 「だってそうでしょう? 情報だけを持っていても何にもならない。そこから何かを導き出すために必要な道具にすぎません。 そしてその情報、データを仕入れるのには確かにボクにとってキミはさほど必要ではありませんね。 キミが入手できる程度のデータならば既にボクが持っているでしょうから」 観月の言葉に神妙な顔で巴が頷く。 実際問題観月よりも多くのデータを持っている人間などせいぜい青学の乾か立海の柳くらいのものなのではないだろうか。 「けれど各選手の練習対策を練ろうとする時にデータだけではどうにもなりません。 何の練習を行い、なんの能力を強化し、補完するか。正解などあってないようなものです。 そして、そこでキミの発想が必要になるんですよ」 「観月さん、ルドルフのマネージャーを完璧にやっているように見えますけど」 「そうですか? それは光栄ですが、ボクはどうも固定概念にとらわれやすい傾向があります。 その点キミはいつもボクが到底思いも寄らない方向からの意見をくれますからね。助かっていますよ」 巴が首をかしげる。 ピンと来なかったらしい。 もっとも無自覚だからこそなのだろうが。 「……なんだかよくわからないけど、私、観月さんの役には立ってるって事でいいんですよね?」 「ええ、もちろん」 「ならいいです」 そう言うとカップを口元に運ぶ。 とりあえずの納得はしたらしい。 きっと彼女は完全にはわかってはいない。 本当に、自分は巴には助けられてばかりなのだ。 常に観月とは真逆の方向から言葉をくれるのは何もトレーナー、マネージャーとしてだけではない。 勝利に固執した時に、勝たねば意味がないと強迫観念に駆られていた時に、本質を思い出させてくれたのはいつも彼女だ。 真実を見失いかけた時に、いつも彼女は光をくれる。 どれだけ自分が巴に救われているか。 こうして傍にいてくれるだけで、どれだけ。 その想いは筆舌に尽くしがたく、巴にどう伝えればいいのか観月にはわからない。 ただ、同じ言葉だけを繰り返す。 何度でも。 「ボクには、キミが必要なんですよ」 |