今年は寒波の影響で桜の開花が遅かった。 けれど、そのおかげで始業式の今日もまだ桜は見頃である。 枝のほんの先端に僅かに若葉を覗かせる桜を見るともなしに見ていると、やがてその向こうに待ち人の姿が見える。 「お待たせしました!」 息を切らせて駆け寄ってきた巴に、観月は目を細める。 今、観月の目前に立つ巴が着ているのは青のセーラー服ではない。 茶のブレザーの制服姿だ。 一か八かの観月の誘いに彼女は応えてくれた。 この春から彼女はルドルフの生徒だ。 「そんなに慌てなくても、まだ時間には充分余裕がありますよ」 「だって、観月さんが早く来て待ってるから、焦るんじゃないですか」 唇を尖らせた巴が、不意に何かに気が付いたように足元に目を向け、かがみこむ。 「どうかしましたか」 何かをつまみ上げて顔をあげる。 ほんの少しの風で桜の花ははらりひらりと地面に落ちてしまう。 足元にはそんな風に散った花びらがそこかしこに雪のように地面を彩っている。 「これ、どうしてこのまま落ちちゃってるんでしょうね」 そう言って彼女がつまみ上げたものは顎ごと地面に落ちていた桜だった。 まだ散り時には早いのか五枚の花弁はしっかりと顎に付いているのに、その顎ごと落ちてしまっている。 「鳥がついばんだんじゃないですか」 蜜を取ろうとしてか、はたまた花そのものを食べる為か。 そこまでは観月は知りはしない。 ただ、その自然に散る時を待つことなく樹を離れた桜の花はまるで。 「まるで、キミのようですね」 「え?」 聞き返す巴に微笑を返す。 「だって、こうして僕は青学という樹からキミを摘み取ってしまいましたからね」 些か強引だったんじゃないかと自分でも思う。 だけど、どうしても欲しかった。 観月がそれを後悔する事はないけれど、巴が同じとは限らない。 巴はいつか、この選択を後悔してしまいはしないだろうか? その答を観月は持たない。 そんな観月の内心を知ってか知らずか、巴は笑って首を横に振った。 「違いますよ、観月さん」 そうして、先ほどの桜の花を左手に持ち変えると、空いた右手を観月の方へ伸ばす。 「私は、こっちです」 巴の右手にあるのは、一枚の桜の花びらだった。 おそらく巴を待っている間に髪についてしまっていたのだろう。 「こうやって、自分から観月さんのところに行ってるのが、私ですよ」 そう言って先ほどの花と今の花びらをブレザーのポケットから取り出した真新しい生徒手帳に挟みこむ。 「そうですか。 ……そうですね。 では、そろそろ行きましょうか、巴くん」 「はい!」 そうして、二人で歩きだす。 「観月さん」 「はい?」 「今年度も、よろしくお願いしますね」 「ええ、こちらこそ」 隣を歩く巴は落ち着いた色調のブレザーを着ているせいか、いつもより少しだけ大人に近づいているように見えた。 |