「観月さんてマメですよね」 不意に、巴がそんなことを言った。 彼女を駅まで送り届けていた時のことだ。 巴が軽くくしゃみをしたので、風邪の前触れの可能性もあると思いとりあえず手持ちのキャンディを渡し、今日は早く寝るようにと指示したところこの台詞が出た。 「スクール練習の後はこうやって送ってくれるし、この間の私の誕生日もちゃんと覚えててくれたし、夜九時以降には基本的に電話しないし」 「小うるさい、ですか?」 多少皮肉混じりに言う。 日頃聖ルドルフの連中に言われている言葉だ。 先日も木更津に「そんな風だと巴にもウザがられてるかもよ」などと不愉快極まりない言葉を受けたばかりなので若干ナーバスだ。 冗談にしても質が悪い。 なので、巴の言葉にも過敏に反応してしまったわけだが。 巴が慌てて両手を顔の前で振る。 「そういう意味じゃないですよ! ただ、こうやってルドルフの皆だけでなく私のことにまで気を配ってたら観月さん大変だな、って……」 「ああ、そんなことですか」 とりあえず、批判的意味合いの言葉ではないことに内心安心する。 「大丈夫ですよ。 確かに細かくないとはいいませんが、過干渉にすぎるのは巴くんに関してだけですから」 「え、そ、そんなに危なっかしいんですか私!?」 なんでそうなる。 張り付いた笑顔のまま、観月は内心で深いため息をいた。 少し、ほんの少しの逡巡の後、再び口を開く。 「キミだからですよ」 「……???」 遠回りの表現や婉曲した言葉は、彼女には全く通じない。 「まあ、危なっかしい事は危なっかしいですがね。」 そこは否定しない。 絶対に否定しない。 色々な意味で危なっかしい彼女に自分はいつも振り回されているのだから。 「けれどね、そういう事だけではなく、たとえキミが今よりもっとしっかりしていたとしても、ボクは同じですよ。 キミのことは、管理すべき選手ではなく、個人としていつも気にしていますからね」 テニスの技量的な問題はもちろん、健康状態に心理状態。 その全てを把握できれば楽なのかもしれないけれど、それはもちろん不可能なことだ。 知っていることと、知らないこと。 わかりたいことに、わかりたいこと。 その溝を少しでも埋めてしまいたくて、結果誰よりも巴に関しては過干渉になってしまう。 嫌われてしまうかもしれないというリスクを理解しながらも。 「個人として……です、か?」 「ええ。 キミはボクにとって、とても『気になる女の子』ですからね。 そういう風に言った方が、わかりやすいですか?」 「え?」 きょとんとした顔でこちらを見ていた巴の頬が、微かに赤く染まった。 ここまで言えば、自分の言いたいことはなんとか伝わったらしい。 「もう一度、言ってあげましょうか?」 「あ、え、いえ、充分です! ……っくしゅん!」 慌てて首を振った巴が、また小さなくしゃみをした。 やはり風邪の引き始めかもしれない。 「大丈夫ですか? 本当に、今日は暖かくして早く寝てくださいね」 「観月さん……それはもう無理です。 今日なかなか寝付けないような状態にしたのは、観月さんですから」 赤い顔で抗議する巴に、申し訳ないのだけれど観月は嬉しいという気分が先に立ってしまう。 嫌われてはいないという安堵と、もしかしたら好かれているのかもという期待。 らしくもなく浮かれた気分になり、巴の耳元で普段なら絶対に言えないだろう台詞を囁いた。 「じゃあ、お詫びにボクに感染しますか?」 「…………っ!?」 熱はもう、とっくの昔にこちらに感染しているのだけれど。 |