いつもと変わらない、スクール組の練習風景。 ただ、普段メンバーを取り仕切っている観月の姿だけが見えない。 彼は現在他校のデータを取りに行っている。 今日の練習には参加できないかもしれない、とあらかじめ各自への練習メニューを提示していった。
チャンスだ。
「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど……観月さんの欲しいものって、何だと思います?」
休憩中に発したその言葉に木更津が簡潔に答える。
「全国制覇の称号」 「……いや、木更津さん、それ贈れないですから」
その言葉で、やっと早川が巴の質問の意図に気がついた。
「……ああ、そういえばもうすぐ観月さん、誕生日だったっけ」 「そう、それなんですよ! で、何かプレゼントしたいなぁ、って思ったんですけど見当がつかなくって……」
「へぇ、観月さん、もうすぐ誕生日なのか。 しかし、観月さんの欲しいもの、ねぇ……」
少し考えてみたけれど、木更津ではないが『テニスの技量』『有力他校の詳細データ』『強い選手』等々、モノではないものばかりが浮かぶ。
「紅茶は?」 「それもちょっと考えたんですけど、 観月さんってすごく紅茶にコダワリがありそうだから、気に入らない銘柄だったりしたら困るかなぁ、って」 「それは大いにあり得るだーね」
いかにも納得したといった体で柳沢がうなづく。 相手に下手にコダワリがあるジャンルには手を出さないのが無難である。
「去年はここまで悩まなかったんですけどなぁ……」 「ところであなた、去年は何をあげたの?」
早川の質問に、少し口篭もってから巴は答えた。
「……ティーポット」
つまり、去年はあまり深く考えていなかったのである。 それほど親しかったわけでもなかったし、観月が紅茶が好きだときいたので軽い気持ちでプレゼントしたのである。
しかしその時にしたお茶の約束は、なんだかんだで流れてしまい、今だ果たされてはいない。
「ティーポットっていうと…ひょっとして、白地に青いラインの入ったやつ?」 「あれ? 楓ちゃん、知ってるの?」
驚いて問いただすと、巴以外の全員に一瞬、沈黙が走った。
「あー、それで……」 「どうりで、観月のものにしては趣味が違うと思っただーね」 「いつも観月の使っているものより安物っぽかったしね」
「な、なんでみんな知ってるんですか!?」
その答えは単純であった。
「観月が一時部室で使ってたんだ」 「え? そ、そうなんですか? でも今は別のを使ってますよね?」 「まあ、もう割れちゃったから…むぐっ!」
「ちょ、ノムタク先輩!」
慌てて野村の口を押さえたが、時既に遅し。
「割れちゃった…って、じゃあ、もうないんですか、あのティーポット?」
どうりで皆の様子がおかしい筈だ。
「柳沢が部室でふざけてて、机から落っことしたんだよね」 「せ、責任転嫁するなだーね! 淳だってあの時…………!」 「あの時の観月の怒りっぷりといったらすごかったものね。 赤月からのプレゼントだったんだったら、納得かぁ」
割れてしまっていたのは残念だが、使っていてくれたというのはちょっと嬉しい。 せっかくプレゼントしたものがそのまましまわれっぱなしというのはなんだか哀しいし。 と、そこまで考えたところで脱線に気がついた。
「って、今は去年のティーポットの話じゃなくて今年のプレゼントの話ですよ!」 「そうは言われてもなぁ…。 別になんでも喜んでもらってくれるんじゃねーの?」 「それは、そうかもしれないですけど……」
それは、わかっている。 きっと何を渡したとしても、観月はそこそこには喜んでくれるだろう。 だけど、せっかくのプレゼントなのだ。 観月が一番欲しがっているものをプレゼントして喜ばせたい。 バレンタインの時にはリサーチが足りずに最上の結果、とは行かなかったので巴としては今回はぜひともリベンジをしたいのである。
「観月が喜ぶプレゼント、あるかも」 「な、なんですか? 木更津さんっ!」
「赤月のファーストキス」
「……………………は?」
一瞬、呆けたような表情をした直後、巴の顔がたちまち真っ赤になる。
「なななななななななななな、何言ってるんですか!」
しかし、動揺しているのは巴だけで、他のメンバーはどちらかと言うと納得状態である。
「なるほど、それはいいだーね。金もかからないし」 「…ま、まあ、そういう手もある…のか」 「って、何納得してるんですか!」
慌てる巴を他所に、さらに木更津が爆弾を投下する。
「あ、ひょっとしてもう、あげちゃった?」
「………!」 「ひょー、これはスミに置けないだーね」 「あらそうなの? 白状しちゃいなさいよ、巴」 「いいじゃん、話したって減るもんじゃないし」
また話が脱線している。 詰め寄られているところに、静かな声が割って入った。
「随分楽しそうですね、みなさん?」
「ぐぇっ! 観月!」
いつの間に戻ってきたのか。 ユニフォームにも着替えておらず、制服姿のままで背後に立っている。 顔はいつものように一見柔和そうな笑顔であるが、空気が冷たい。
「余裕たっぷりの様子ですが、その分じゃボクが出かける前に渡していった練習メニューは、当然、軽く終了しているんでしょうね?」
中途半端に投げ出していたのだったらタダではおかない、といった風情である。
「じゃ、練習再開しましょうか!」 「おう、そうだーね!」
…………こういう時の団結力は大したものである。
あとには、巴と観月だけが残った。
「…観月さん、聞いちゃったんですけど、ティーポット、割れちゃったんですね」
何気に言った言葉に、観月の表情が変わる。
「聞いてしまったんですか。……申し訳ありません。 部室に置いておくなどと、ボクが軽率でした。 謝ろうと思ってはいたんですが、機を逃してしまって結局隠し立てするような真似をしてしまいましたね」
真摯に頭を下げるその態度に巴のほうが狼狽した。 少し反応を見てみたかっただけなのだ。 そんなに謝られるとこちらが恐縮する。
「いえ、そんな、気にしないで下さい! 使ってもらえてただけで満足ですから。 それに、形あるものはいずれ壊れるもんですからね」 「そういっていただけると、ありがたいです。 もっとも、割れたからといって捨ててはいませんよ」
安堵の表情を観月が浮かべたので、巴もほっとする。 ポットが割れてしまったことよりも、観月にすまなそうな表情をさせるほうが辛い。
「にしても、さっきはいいタイミングで観月さんが来てくれて助かりました〜」 「全く彼らときたら……それにしても、どうしてそんな話題になっていたんです?」 「それは、観月さんの誕生日が…そうだ!」
リサーチをするよりも、直接本人に聞けばいいのだ。 ワクワク感はなくなってしまうかもしれないけれど、確実に喜んでもらえるものをあげることができる。
「ボクの誕生日?」 「はい、観月さんの誕生日プレゼントの話をしていたんです。 何がいいかなって。 観月さん、何が欲しいですか?」
目を輝かせながら訊いて来る巴に、少し考えるそぶりをみせた観月だったが、暫くのちに返した答えは、こうだった。
曰く。
「教えません。 自分で考えなさい」
「えーっ! どうしてですか? 直接聞けば観月さんのことはいつでも教えてくれるって言っていたじゃないですか!」 「んふっ、たまには自分で考える事もいいことですよ。 いい機会です。じっくり考えなさい」
にっこりと微笑んで巴の抗議を受け流す。
「う〜〜、観月さんがイジワルだ……」
彼女がルドルフに転校してきてくれたとはいっても高校と中学に別れている身、スクールで顔を合わす以外にはあまり接する機会も多くない。
だから。
だから誕生日までの少しの間くらいは ボクのことで頭を一杯にしてもらっても、いいんじゃないですか?
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