試合前、見知った顔を見つけた巴は観客席に駆け寄った。 関東大会、しかも氷帝対青学の試合とあって観客席はまだ試合には間があるにも関わらずそれなりの人が集まり初めている。 観客席まであがってきたものの、他の観客に紛れて探していた相手が見つからない。 確かこのあたりで見たはず、とキョロキョロしていると近くから聞きなれた声が耳に届いた。 「クスクス、どうしたの。迷子?」 見つけた。 と、言うより見つけられた。 巴が声のした方に顔を向けると、正に探していたいた当の本人、木更津淳の顔がそこにあった。 「ま、迷子なんかじゃありませんよ! さっき向こうで木更津さんの姿が見えたから……」 そこで、どうして木更津を見つけられなかったのか、その理由に気付く。 聖ルドルフは全国大会への出場権を得ることが出来なかった。 なので、観戦に来ている今日の木更津の姿は制服である。 したがって、当然トレードマークのハチマキもない。 遠目に見たときは顔で認識していたのに、探していた時は無意識に赤い布を追っていた。 それでは見つかるわけもない。 今まで、ユニフォーム以外の姿を見たことがなかったわけじゃない。 けれど、ことテニスコートのある場所で見る木更津は、いつも赤いハチマキ姿だった。 「どうかした?」 巴の微かな動揺に気づいているのかいないのか、微笑を浮かべたまま木更津が小首をかしげる。 「あ、いえ、木更津さん、今日は偵察ですか?」 その言葉に苦笑して首を振る。 「いいや。 観月だったらわからないけど、もう俺たちは負けちゃったしね。 今日は単なる応援。赤月のね」 なんともアッサリと簡単に『負け』という単語を口にする。 さほどわだかまりはないのだろうか。 いつもと変らない木更津の笑顔に、そんなことを思う。 「応援、してくれるんですか?」 「うん、もちろん。 せめてスクール組の一員として赤月には頑張って欲しいからね」 そう言うと、目線を巴から眼下のコートへ移す。 「……この試合に勝てば、赤月はまた上にいけるんだから。 青学は、うちに勝ったんだから、せめて少しでも上に上がって欲しいじゃない」 ほんの一瞬。 本当に少しだけ、その瞬間に木更津の顔に悔しさが滲み出た。 都大会、関東大会、そして全国大会。 途中で途切れてしまった階段。 既に傍観者でしかない自分。 わだかまりがないはずなんて、ない。 けれど、木更津は巴に何も言わない。 巴だけじゃない。 きっと誰にも知られたくない本音。 言葉に表さなくても、表情に見えたその本音を巴は気づかなかった振りをすることにした。 きっと、知られることを望んではいないから。 いつもどおり、能天気な自分でいればいい。 「じゃあ木更津さん、私がスクールに行ってなかったら、氷帝と青学、どっちを応援しました?」 「そんなの、仮定にならないよ。 実際に赤月は青学にいるんだし、俺は赤月の応援にここにきてるんだから。 ……ところで、そろそろ集合しないとまずいんじゃないの?」 そう言いながら、時計を見せられる。 たしかに、そろそろ戻らないとマズイ。 「え、もうこんな時間ですか!? 遅刻したらグラウンドまた走らされちゃう!」 慌てて立ち去ろうと踵を返したが、思い直してまた振り返る。 「木更津さん、 私、絶対に勝ちますから。 この試合も、その次の試合も!」 木更津さんのために、なんて欺瞞は言うつもりはない。 ただ、彼が応援してくれている限り、見てくれている限り無様な姿は見せられない。 やたらと気負った巴に、木更津はいつものようにクスクスと笑いながら、小さく手を振った。 立ち去り際、微かに聞こえる程度の声で木更津が「ありがとう」と言ったのは、きっと空耳だ。 そんなことを言われる理由がない。 自分は彼の本音に気づいてはいないのだから。 そう、自分に言い聞かせると巴は振り返ることなく駆けて行った。 コートの中へ。 |