去年はなんとなく、渡す相手もいないけれど流されて買ったチョコレート。
今年はちゃんと渡したい相手がいる。
市販品ではなく、手作りしたチョコレートを、キレイな紙でラッピングして。
仕上げにリボンを結びつけて。
「行ってきまーす!」
そうしてやっとできたチョコレートの小さな箱をカバンに入れて、巴は勢いよく家を出た。
冬の冷気は容赦なく巴に向かって来るが、今日に限っては気にならない。
待ち合わせ場所が見えてきた。
大体、いつも巴が佐伯の姿を見つける前に、佐伯は巴の姿を見つけてしまう。
それは、とりもなおさずいつも巴より先に佐伯が来ていると言うことに他ならないのだが、珍しく今日は声がかからなかったので眼で佐伯を探す。
人ごみは多いが、労せず佐伯の姿は見つけることができた。
通りすがりの女の子の視線の先を追うと、そこに、いた。
なんとなく、声をかけそびれたのは、その女の子たちが「あの人、格好よくない?」と言っているのが聞こえてしまったからだ。
格好いい。
確かに、それに異論はない。
よーく見ていると、通りすがりの人が佐伯を見ている率が高いような気がする。
一旦それに気が付いてしまうと、ちょっと声を掛けづらい。
別にそんな事を気にしたことはなかったんだけど唐突に、巴は思った。
気後れしたことなんて、なかったんだけど。
しかし、このままぼうっと観察していてもしょうがない。
自分でもどうすればいいのか判らないでいると、やがて佐伯が巴に気が付いて笑顔で軽く手を上げた。
「巴、ここだよ」
周囲の視線をいっせいに集めたような気がして一瞬隠れたくなる。
もちろんそんなのは気のせいなのだろうけど。
「お、お待たせしました」
「いや、俺も今来たところだから」
うっそだぁ。
先回りしようとしても、佐伯より先に待ち合わせ場所に着いたことなんてない。
一度一時間以上前に行ってみようかとも思うが、実行できたことはない。
「……どうかした?」
いつもと様子が違う巴に、佐伯が不思議そうに聞く。
「なんでもないです。……ただ」
「ただ?」
「唐突に、佐伯さんはバレンタインには毎年チョコいっぱいもらってるんだろうなあ……と思っただけで」
そうだ、変なことが気になったのはこのバレンタインの空気のせいだ。
カバンに入っているチョコも気恥ずかしい。
数多くのチョコレートと比較されると思うと、自分の手作りのチョコレートなんて、ちょっと渡せそうもない。
あ、またバカな事を言った。
黙って今日がバレンタインだとかいう事は忘れたふりをすればよかった。
佐伯は少し面食らったような表情を見せた後、何故だか嬉しそうに口角を上げた。
「どうかしました?」
「いや、ちょっと嬉しくて」
「?」
今の巴の発言に、喜ぶ要素なんてあったんだろうか。
「巴が、俺が他の人からチョコレートをもらっているかとかそういう事を、気にしてくれているのか、ってね」
「いや、あの別にそうじゃなくて…………!」
慌てて否定しようとして否定材料が全く見つからないことに気が付く。
悪あがきは早々に放棄した。
「…………いえ、やっぱりそうですね」
格好悪い。
佐伯はくすくすと、楽しそうに笑っている。
「確かに、まったくもらってないといえば嘘になるけど、本命からはもらってないよ」
長い指がこちらを指す。
「で、本命からのチョコレートは俺はもらえるのかな?」
疑問系ではあるけれど、その表情を見ると、まるで巴のカバンの中は透視されているんじゃないかと思う。
自分ばかりが右往左往しているのが悔しいんだけど、少しばかりの自信にもなる。
巴の、この不器用にラッピングした手作りのチョコレートは、今日一番佐伯を喜ばすことのできる贈り物なのだと。
そう思いながら、カバンに手を入れると、チョコレートの包みを佐伯に差し出した。
もっとも100%の自信なんて、まだ全然持てないのだけど。
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