今日はさすがに試合当日とあって人が多い。
コート周辺を歩きながら、佐伯は視界に入る人たちの中に自分の探している相手が含まれていないかと目を凝らしていた。
彼女を見つけることには自信がある。
選抜選手は共通のジャージ姿で普段のようなユニフォームによる区別は不可能だが、どんなに離れた場所からでも彼女を見誤ったことはない。
少し高めの身長。
おろしたままの長くまっすぐな髪。
彼女の身体的特徴が目につきやすいから……というだけでもないことを佐伯は少し自覚している。
見つけた。
コートから若干離れた奥まったスペースで一心不乱に素振りをしている姿が目に入る。
思った通り、かなり緊張してる。
素振りをしているだけなのに動きが固い。多分疲労度合いも大きいだろう。
もう、じきに試合が始まる。
このままじゃ本来の動きを取り戻すまでに1ゲームや2ゲームをあっさり失う可能性も高い。
「巴」
佐伯がかけた声に、すぐに気付いて動きを止める。
これも、常の巴ならまずないことだ。
集中しきれていないから、佐伯の声にすぐ気が付いた。
無論、巴にそんな自覚のあるはずもない。
「佐伯さん。もう、試合ですか?」
「いや、まだまだ余裕があるよ」
せっかちな巴の言葉に苦笑しながら答える。
彼女が気が張っていないか気になって見に来た、なんて言うつもりはない。
そんなことを言えば一人でも大丈夫だ、と突っぱねられるだろう。
代わりに、こう告げる。
「試合まで一人だと落ち着かなくてね。
悪いけど、少し付き合ってもらえないかな」
佐伯の言葉に巴は軽く目を見開く。
「それは……別に、かまわないですけど」
「悪いね」
そういうとその場に腰を下ろす。
いきおい、巴もラケットを置いてその隣に座る。
日差しが気持ちいい。
今日は風もないし、春らしい日と言える。
少し気が落ち着いて、同じ感想を抱いたのか巴がひとつ息を吐くと呟くように言った。
「もう、春なんですねえ」
「そうだね。もう、春だ」
どれだけ肌寒くても、春が来ると日差しが変る。
風の匂いが変る。
出会いと、別れの季節が来る。
一年の巴はともかく、三年の佐伯は式が終わればもう春休みだ。
もう、中学テニスも終わりなのだと自覚する。
中学最後の大会をダブルスで、しかもミクスドで迎えるとは思いもしなかったな。
そんなことを思い、苦笑する。
その笑みの意味がわからないので怪訝そうに巴が佐伯の方を見る。
「……どうかしたんですか?」
「いや、別に。
そうだ、巴。桜が咲いたら花見に行こうか」
「花見?」
唐突な話題の転換に、巴が思わず聞き返す。
「そう、お花見。
行こうよ。毎年キレイに桜が咲く場所があるんだ」
「桜かぁ……それもいいですねえ……」
どこか遠くを見るような目で巴が言う。
去年の春の巴は引越しと入学準備で忙しく、桜を愛でる暇も無かったということを佐伯は知らない。
「でも、とりあえずその前に今日の試合、ですよね」
そう言うと、唐突に巴が立ち上がる。
時間を見ると、そろそろコートに向かってもいい時間だ。
ゆっくりと佐伯も腰を上げると、こちらを見ている巴と目が合った。
もう、切羽詰ったような硬さはそこには無い。
そんなことを思っているとにこりと笑われぺこりと頭を下げられる。
「ありがとうございました。
私が緊張してるんじゃないか、って気を遣ってくれたんですよね」
やっぱり、気づかれてるか。
冷静になっている彼女はこういうことに聡い。自分の不自然な行動なんて読まれてしまって当たり前だ。
体裁が悪いのであいまいに笑う。
拒むことはないのだけれど、自分から助けを求めてはくれない。
悩んでいても、苦しんでいても、一人で解決しようとする。
たった一週間でもそんな巴の性格はよく身に染みてわかっている。
けどね。
頼ってもらえる方が助かるってこともあるってこと、君は知ってるかな。
「……なんて、勝手な話か」
「え? 何か言いました?」
「いや、なんでもない。
さ、行こうか巴。今日は一緒に頑張ろう」
「はいっ!」
そう、一緒に。
一人じゃなく、二人で。
|