「じゃあ、行ってきまーす」
そう言って手を振ると巴は木更津の横に並んで歩き出した。
目的は切れてしまったスポーツドリンクの買出しである。
青学テニス部にはマネージャーというものが存在しない。
従って雑事は全て部員たちが担うこととなる。
勿論、六角も同様だ。
木更津が視線を感じてちらりと巴を見ると、目が合った。
「なに?」
「いえ、六角は三年生もこんな風に買い出しに行ったりするんだなーって」
聞きようによっては三年なのにパシリに甘んじているのかとも取れなくもないが、木更津もさすがにそんな穿った見方はしない。
「うちはあんまり上下関係とかないからね。
一年でも三年でも、皆なんでもするよ」
「そうですか……部長も葵くんですもんね」
巴が納得したように頷く。
木更津からすれば他にも一年生はいるのに、女子である巴にかさばるスポーツドリンクの買い出しを命じる青学こそ変わってると思う。
それが青学一年部員の体力筋力を考慮した結果だとは木更津もさすがに知らない。
また少し歩を進める。
そういえば、とふと思い出した些細な事という調子で木更津が口を開く。
「赤月って、聖ルドルフのスクール組と同じテニススクールに通ってるんだって?」
「はい。あ、木更津さんってルドルフの木更津さんと兄弟なんでしたっけ」
巴の言葉に曖昧に頷く。
正確には双子である。
先日、久しぶりに話した時に淳が言ったのだ。
『今、スクールに青学のミクスド選手の子が来ててさ、一緒に練習してるんだ』
何気ない話。
それが記憶に残ったのはルドルフの中に青学選手が混じっているという特殊性だけではなく、淳がわざわざそんなことを言ったのが珍しかったからだ。
そこから何かに発展する話でもなく、ただそれだけの話。
却って記憶に残ったのはそのせいだ。
「あんまり話してくれたことないんですけど、木更津さんも元は六角にいたんですよね?
観月さんがスカウトしてルドルフに連れて来た、って」
無邪気にそんなことを問う。
彼女に他意はないのだろう。
「うん、そう。
……バカだよね、淳も。
六角に残っていれば、全国にいけたのに」
家族や仲間と離れ、一人寮に入って。
結局聖ルドルフは都大会どまりだった。
我ながら意地の悪い言い方だ。
後の台詞は巴に言ったつもりはなく、ただの独白だったのだけれど、当然それはちゃんと巴の耳に入っている。
「それは、結果論ですよね」
「え」
横を向くと、巴が真っすぐにこちらを見ている。
背の高い彼女の目の高さは、木更津のそれと同じ高さだ。
何を責めているわけでもないけれど、言葉よりもずっと強いその視線に思わず木更津はたじろいだ。
「結果は、確かに都大会敗退かもしれないですけど、ルドルフの人たちはみんな頑張ってましたし、それに」
不意ににこりと笑う。
その表情の移り変わりに、どう反応したらいいものやら迷う。
「木更津さん、……あ、ルドルフの木更津さんですけど、いつも楽しそうですよ」
「……うん、そうだろうね」
その巴の顔をみるだけでわかる。
淳は、実際ルドルフに行った事を後悔なんてしていないんだろう。
そんなことはわかっているはずなのに、してみると自分はなんでさっきみたいな台詞を吐いたのか。
自問していると、巴がまた口を開く。
「でも、やっぱり全国で兄弟対決したかったですよね」
「そうかもね」
自分でも妙だと思うような返答に、巴がちょっと首をかしげる。
「それとも、身内と対戦はやりにくいですか」
「んー、そうでもないかも」
うん、やっぱり、対戦してみたかったな。
全国という舞台で。
自分の中で答が出た事に少しすっきりする。
「私も、それ見てみたかったです」
「そう? …………」
「どうかしました?」
何か言いかけたような素振りを見せた木更津に巴が問いかけるが、木更津は軽く笑って首を振ると前方を指差した。
「いや、もう店はすぐそこだよ。
早くしないとバネさんたちがうるさいだろうね」
「あ、そうですね! いそがないと!」
もし、実現したとしたらキミはどっちを応援する?
そんなことを訊きそうになった自分に苦笑する。
答なんてわかりきってる。
付き合いの長いほうを応援するに決まってる。
うっかり口を滑らしたりしてしまわないで良かった。
けど、まあ、『今のところは』ということにしておこう。
まだスタート地点にたったばかりなんだし、ゴールはどうなってるかわからない。
そう結論付けると木更津は巴の後について太陽の照りつける光から逃れるように食料品店の中へと足を踏み入れた。
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