今年の2月14日は平日だ。 部活もあることを考えると当日には到底会えそうもない。 なので、少し早めに用意したチョコレートを鞄に入れると巴は家を出た。 今日は幸村にテニスの練習に付き合ってもらう約束をしているのだ。 実際のところ、休日であっても幸村に会える日は稀である。 お互い部活に忙しいのもある上に、東京と神奈川では微妙に距離も離れている。 だから都合が合う日はとても貴重で、だからこそとても楽しみだ。 約束の時間よりも少し早めに着いたはずなのに、幸村はすでに到着している。 しかもいったいいつからここにいたのか、本なんか読んでいたりして。 すぐに声をかけようかと思ったけれど、少し悪戯心が働いて、そのまま観察してみる。 ざわついた駅前なのに、幸村の周りだけなんとなく静かな気がするのは本を読んでいるせいなんだろうか。 周りを歩いている人達は、この文学少年然とした人が全国トップクラスのテニスプレイヤーだなんて思いもしないんだろうな。 少し近づいてみる。 ななめ横からの角度で見ると、ずいぶん睫毛が長いのがわかる。 多分、自分よりも長い。 こんな人が、わざわざ忙しい合間を縫って自分に会いに来てくれるんだなぁ、と思うと少し不思議な気分になる。 そんなことを思いながら見ていると、不意に幸村が本を閉じてこちらを向いた。 「お待たせ」 「え!?」 手に持っていた文庫本を閉じるとにこやかな表情でこちらに歩いてくる。 「キリのいいところになるまで待っててくれたんだろ?」 「え、あ、あのー……私がいるの、気づいてたんですか?」 「そりゃまあ、じっとこっちを見てたし」 確かにそうだけれど、斜め後ろからだったのに。 てっきり本に集中しているものとばかり。 『待っていてくれた』と好意的解釈をしてくれているので(実際にはバレバレだったとしても)観察をしていたとはちょっと言い難い。 場を取り繕おうと咄嗟に巴はバッグから件のチョコレートを取り出した。 「あ、あの、これ! ちょっと早いんですけど」 差し出された包みを見て幸村が嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。 「ありがとう。 今日あたりくれないかな、って実はちょっと期待してたんだ」 そして、手にした包みをしげしげと眺める。 少し大きすぎたかな、と改めて巴は思ったりもする。 「これ、ひょっとして手作り?」 「はい! 自分でラッピングもしたんでちょっと不恰好なんですけど……。 あ、結構日持ちしますし、量も多いんでよかったら立海の皆さんと分けてくれても」 「まさか」 「そっか、立海の皆さんなんてたくさんチョコレートもらいそうですもんね」 わざわざ自分の不恰好なチョコレート菓子を持っていく必要もないか。 そう思ったのだけど、幸村の答えは微妙に意味が違ったようだ。 「なんでせっかく巴から貰ったものを他の奴らに分けなきゃダメなんだい? 当然、俺が全部貰うよ」 「え、あ、そうです、か」 堂々と独り占め宣言をして大事そうにチョコをバッグに仕舞い込む。 その様子を見ていると、幸村が怪訝そうにこちらを見返してきた。 「どうかしたの? あいつらにも分けてあげて欲しかった?」 「いえ、そういうわけではなくて」 慌てて手を横に振る。 「幸村さんお世辞とかじゃなくて本当に喜んでくれてるんだなって思ったら嬉しいんだけどなんだか不思議だなあと」 「不思議? 何が?」 「だって幸村さんモテるんじゃないんですか。テニス強いし、格好いいし、優しいし。なのに私を好きでいてくれるんだなって」 面映ゆいと同時にそこまでの価値が自分に見いだせないでいるのもまた事実なのだ。 卑屈っぽいことを言ってしまったな、と思って先に歩き出そうとしたがすぐに幸村に追いつかれた。 右手を掴まれ、そのまま手をつないで歩く格好になる。 歩きながら、幸村はおかしそうに言った。 「俺はそうやって巴が自分のことをわかってないのが一番不思議だけど。 なんなら百でも二百でも巴の好きなところを挙げられるよ。それこそ一晩中でも。試してみる?」 「い……いいですっ!」 「そう?」 幸村なら本当にやるかもしれない。 そして自分からそんな話題を振っておいてなんだけどそれは恥ずかしくて耐えられそうにない。 「それと、巴」 「な、なんですか?」 「たくさん誉めてもらったのは嬉しいけど、もうひとつ何かないかな? チョコだけでなく」 そう言ってきた幸村に、巴は少し照れながら口を開く。 自分の気持ちの半分でも通じればいいな、と思いながら。 「私、幸村さんのこと大好きです」 |