注文していたパフェが巴の目の前に置かれたが、巴はそれをすぐには口にすることが出来なかった。 泣いていたからである。
「大丈夫?」
幸村の言葉に、照れた顔を見せる。
「あ、はい。ちょっと落ち着いてきました。 すみません。恥ずかしい思いさせちゃって……」 「いや、そんなことは気にしてないけど」
しかしまあ店内の他の人間には幸村が巴を泣かしていると思われているかもしれない。 そういえば、さっき注文を取りに来たウェイトレスも幸村には対応が冷たかったような。
「そんなに泣けた?」
彼女の涙の原因は、先ほど一緒に見た映画である。 丁度招待券をもらったのでなんとなく見に来た程度の。 しかもジャンルは恋愛映画。 こんな機会でもなければ二人ともまず自主的には観に来ないであろうジャンル。 内容は他愛のないおとぎ話だ。
「はい。 特にラストで主人公が恋人の命と引き換えに二人のすべての記憶をなくしちゃう所が……」
言いながら、やっと目の前のパフェに手を伸ばす。 涙はようやく止まったらしい。
「赤月、君ならどうする?」
唐突に投げかけられた質問にきょとんと目を見開く。
「へ?」
「君なら好きな人との過去と引き換えに、相手を助ける?」
映画の中で主人公が直面した選択をそのまま巴に突きつける。
「そうですね……お互いに全部忘れちゃうのは悲しいですけど、やっぱり生きててくれる方がいいです」
模範的な、そして多分一般的な回答である。
「幸村さんは違うんですか?」
今度は巴が同じ質問を返す。
「ああ、そうだね。俺は多分記憶を引き換えにするくらいなら見殺しにするよ」
おだやかに、しかしきっぱりと告げた物騒な答え。
「え、そうなんですか?」 「うん。忘れてしまうのは楽だけど、大切な人の事がすべて消えてしまうんなら、罪の意識ごとずっと抱えている方がいい。 ……ちょっと利己的すぎるかな」
幸村の言葉に巴が深く息をつく。 軽蔑されたかな、と思ったが単に意外だっただけらしい。
「ふわ〜……幸村さん、強いんですね。 そこまで全部抱え込む勇気はちょっと私にはないです」
なんとも素直に感心されてしまうとそれもまた複雑である。 単純にワガママなだけなのに。 相手の幸せを願うよりも、自分の大切な想いだけを護りたいだけ。
わかってるのかな?
「そう? そんなふうに言ってもらえるとは思わなかったな。 じゃ、そういうことだから、そんな事があったとしたら諦めてね」
そう言うと、軽く頷きながらパフェを食べていた巴の動きが止まった。
「……え、諦めるって、私? え?」
思わず顔をあげた巴に幸村は何も言わないで、ただ笑顔でコーヒーカップを傾けた。
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