車窓から見える風景が、見慣れた風景から見慣れぬものへと変り、再びまた段々と見慣れたものに変わっていく。 今見慣れている風景から、かつて見慣れていた風景へと。 やがて、車内のアナウンスが目的地への到着を告げ、柳は人波に揉まれつつ電車を降りた。 駅の様子も変わってはいない。 リニューアルしたと言う話も聞かないので当たり前ではあるが。 自動改札に切符を差し込み、顔をあげると既にそこには柳を待ち構えている巴がいた。 「こんにちは、柳さん!」 「早いな、巴。 確か約束の時間まではまだ間があったように思うが」 正直既に巴がいるとは思っていなかった。 相変わらず予測の立てづらい少女だ。 「だって、柳さんが早く来そうな気がしましたから」 「俺が、か。 行動をお前に読まれるとは思わなかったな」 お株を奪われるとはこのことだ。 してやったりといった巴の表情に、思わず苦笑が浮かぶ。 「じゃ、コートに行きましょうか。まだちょっと早いですけど」 そう言って、巴が先に歩き出す。 次いで、歩を進めた柳がすぐに巴に追い付いて横に並ぶ。 「知っているとは思うが巴、青春台は元々俺の地元だ。 わざわざ先導してもらう必要はないぞ」 やんわりと言う。 「あ、そうでしたね。 でも、もう五年も前でしょう? あちこち変わっちゃってるんじゃないですか」 そう言われて、ゆっくりと柳は街並みを見渡す。 たかが五年、されど五年。 変わっている部分もあれば昔のままの部分も多々残っている。 「確かに、駅前の店舗にはいくらか変遷も見えるが、道自体に変化がないから大して戸惑うことはないな」 「そんなもんですか」 「そんなものだ」 納得がいかないような表情を浮かべている巴は、確かこの街に来て一年である。 山の中と言っても相違ないような場所から来た彼女にとっては、この街の移り変わりは目まぐるしいものなのかもしれない。 「じゃあ、一番変わったところってどこだと思いますか?」 それを聞いてどうするというのだろう。 まあ、拒否する必要性も感じないので少し考えてみる。 駅前のロータリーか。 いや、かつてよく立ち寄っていた書店が全国チェーンの大型店舗に変わっていたことか。 考えながら、ふと視線を横にやると柳の答えを待っている巴の顔が視界に入った。 そうか、これだな。 「一番の変化は巴、お前がいることだな」 柳の答に、巴はきょとんとした顔をする。 「……風景の話をしてたんですけど、私」 「俺も当然、風景の話をしているんだが」 さりと受け流すように言葉を返す。 「こうして、俺が今見ている風景にお前が映りこんでいるのが一番大きく、そして大事な変化だと思うが」 しばらく、巴はその言葉の意味を考えていたようだったが、結局諦めてしまった。 柳も無理にその真意を口にする気もない。今のところは。 「けど、もし柳さんがお引越ししなかったら、青学に入っていたかもしれないですね」 「そうだな。その可能性は高いだろう」 なにせこの辺りでは一番のテニス名門校である。 柳たちが入学する頃は若干衰退していたことは否めないが、やはり近隣の他校とは雲泥の差である。 立海には及ばないとしても、柳が青学を選んでいたでろうことは想像に難くない。 「そうしたら、私、柳さんと同じチームで戦っていたかもしれないんですね」 「……そうだな」 もし、自分がこの地を離れなかったら。 それは柳にとって小さな痛みを伴う想像であった。 けれど、今こうして彼女の隣でそんな夢想を語るのは、悪くはない。 嘗ては自覚もないほどに馴染んでいた風景と、目の前の巴の笑顔。 懐かしく、そして新しい風景を愛でながら。 |